【ネット時評 : 吉岡正壱郎(日立コンサルティング)】
イントラSNSは何を生み出すか?日立「こもれび」の事例

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 昨今、多くの企業がコミュニケーションの活性化などを目指して、イントラSNS(組織内ソーシャル・ネットワーキング・システム)を立ち上げていることは皆さんもよくご存知だと思う。日立グループにも「COMOREVY(こもれび)」と呼ばれるイントラSNSがある。筆者もその参加者の一人なのだが、本稿では、この「こもれび」を例に、イントラSNSの活用について考えてみたい。
 

「こもれび」誕生の経緯

 「こもれび」の運用は2008年1月から開始された。ただ、この「こもれび」には前身と呼んでもいいシステムがある。2006年暮れから日立総合計画研究所(日立総研)が実験的に運用していた「ミネルヴァの梟(ふくろう)」がそれだ。これは、日立グループ全体を対象とする完全な招待ベースのSNSであった。当初、日立総研の社員を中心に100名前後でスタートしたのだが、口コミだけで瞬く間に成長し、1カ月後には約2000名、3カ月後には約3000名に達した。

 「ミネルヴァの梟」は、企業内(グループ会社内)の人的ネットワークの拡大と、コミュニケーションの活性化による知識創発基盤の構築を目的としていた。結果的に、社員が保有している多様な情報の流通と、タテ・ヨコ・ナナメの様々な人的交流が生まれることになった。規模も大きくなり、実験システムとして、一定の効果とメリットがほぼ明らかになったので、2008年3月末でその活動を終了した。

 一方ほぼ同時期、日立製作所本社の情報システム部門でも、新人研修での提案を受ける形で、社内・グループ会社内のコミュニケーションの活性化と、散在し埋もれている情報や知識、経験を共有化し活用するために、イントラネットへのSNS導入を検討していた。そこで、「ミネルヴァの梟」終了とほぼ同時に「こもれび」が立ち上がったのである。対象は国内の日立グループ全体約25万人の社員、基本は招待制だが自己申告もOKというものである。これは、グループ社員全てを管理する日立グループ認証基盤の上に成り立っている。


「こもれび」の運用と現状

 「こもれび」とその前身システムとの最大の違いは運営母体にある。「ミネルヴァの梟」は日立総研が実験的に運営していたのだが、「こもれび」は日立製作所本社のIT戦略統括推進本部と、情報システム部門(情報システム事業部)が正式なグループ内イントラサービスとして運営している。すなわち、「こもれび」は日立製作所の業務として専任者によって運用されているのである。専任者は、全コミュニティーを含む全ての投稿に目を通し、定められたポリシーに従ってSNS全体を管理・統制している。これは相当に大変な作業なのだが、このことがまさに、イントラSNSの活用と、さらなる活性化に挑戦していく上での大きな下支えとなっているのである。

 強制ではなかったが、基本的に「ミネルヴァの梟」参加者の多くが移行したため、幸いにも「こもれび」は1ヶ月で約2500名の参加を得た。その後も順調に参加者を伸ばし続け、本年2月末の時点では8000名に達している。参加グループ企業数も180社近くにまでなっている。

 いわゆる社会人&ビジネスパーソンの常識を守る限り、投稿内容には基本的に制限はない。従って、投稿される内容は業務内容に関係するものから、生活・趣味まで多岐にわたる。そこで問題となるのが、業務との関連性だ。朝9時前後から17時過ぎまでのいわゆる就業時間帯にアクセスして良いのかどうか。日立製作所だけでなく、参加しているグループ各社のポリシーも様々である。この問題は完全には決着していない。いやむしろ答えはないと言うべきである。運営側の本音は、参加者それぞれの目的に応じた自律的な活用に期待したいと言うところだろう。

 この多様な投稿を反映するかのように、様々なコミュニティーが立ち上がっている。その総数は約370。「業務、知識・情報」に分類されるいわゆる業務系のものが約55%、「生活、組織、コミュニティー運営等」に分類される生活系のものが約45%という構成である。不思議なことにこの構成比は立上げ初期より大きく変化していない。結果論かもしれないが、このバランスはイントラSNS活性維持のためのマジックナンバーの一つかもしれない。

 2月末時点での1日の書き込み数は、土日を含め1日平均約1300件、ピークの平日では2000件を超える。また1日のページビューは平均で10万ページを超えている。


参加者の評価と課題

今の「こもれび」の狙いは、①参加者の悩みの相互解決、②社員のやる気を刺激、③異業務交流と友達の輪の拡大、④組織や制度を超えた協力体制の実現である。8000名を超える参加者は、既に2年以上にもなる人も最近参加した人も、その多くがこのイントラSNSの場をおおむね有効に利用しているようだ。

 参加者から聞こえてくる声としては、まず一つは大方の皆さんの予想通りではあろうが、このSNSを通じて、多くの人とのつながりができた、というもの。内気な自分にも友人ができた、これまでとは全く異なる世代や分野の人たちと知り合えた、悩みを打ち明けたら沢山の励ましをもらった、等々である。もう一つはこの場をもっと有効に活用したい、というもの。この場で築いた関係を次の業務に役立てたい、国際会議のレポートなど欲しくても手の届かなかった情報を入手できる、新しい発想や着想を得るヒントとして利用、自らの表現力を磨くために活用、等々である。

 一方で、明確になってきた課題もある。その第一は、先にも述べたが、直接的には業務に関係しないリフレッシュなども含む内容に対する考え方である。多くの参加者の意見は、仕事とのバランスが大切、自分流で利用を、十人十色でいい、というものだ。私は、総合的に考えるべきだと思っている。中にははずっとSNSで遊んでいるように見える人もいるかもしれない。しかしそれは、会社の設備を使って、ほとんどの人が仕事をしている定時間中にやっていることである。本当に遊んでいるのであれば、そのような状況は様々な点から長続きしないはずだ。見る人は見ているのである。とは言え、「こもれび」の中には昔懐かしい「fj.jokes(ジョーク投稿のニュースグループ)」的なコミュニティーも存在する。

 二つ目の課題は費用対効果の見定めである。情報共有や知識管理、特に暗黙知の発掘などと言えば、これまでは費用対効果の見えない最たるものとされてきた。さらに、多彩なメンバーとのつながりを築くことや、やる気や元気がもらえたなどは、金額効果にはとても換算のしようがない。従って、様々な仮定を置くことになる。2年前の参考情報ではあるが、IBMは社内SNSやブックマーキングの活用によって、年間2億ドル近い効率向上効果を得たと試算している。メンバーや書き込まれた情報・知識の多様性に関しても、同様の効果を得るための作業に時間換算してみるなど、工夫の余地はいろいろとあるのではないだろうか。

 三つ目の課題はコンテンツの帰属である。日記やコメントの著作権は誰に属するのか。その内容の利用はどのようなルールの下に行うのか。特に、今後SNS上に蓄積された様々な情報、知識の活用促進がイントラSNS発展の要件となるならば、早急にルールを決めておかねばならない。さらに、日立グループのように複数のグループ会社を含む場合には、それぞれの会社の営業機密情報にも注意を払わねばならない。


最近の取り組みとその効果

 昨年末、「応えて、こもれびー」という名の全員参加Q&Aコミュニティーが開設された。当然だが誰でも質問でき誰でも回答できるコミュニティーである。その特徴は、SNSの運営事務局が開設した、いわば「官製」のコミュニティーであり、全員参加を明確にうたっている点である。コミュニティーが軌道に乗るまで当面の間は運営事務局が支援し、ボランティアメンバーへの回答依頼や、質問者への終了宣言の依頼、あまり適切でない質問の修正などを行っている。

 このコミュニティーの目的は、参加者からの質問に答える形で、日立グループ内の情報、知識、意見などを集めようというものである。昨年12月の開始からすでに70件近い質問があり、各質問には平均して十数件の回答が寄せられている。質問は大きく分けると、回答が一意に決まるもの、社内各部門の状況など複数の事実があるもの、広く意見を求めるものがある。例えば、旧製品の情報を尋ねるもの、いろいろな部署で行われている取り組みの実態を尋ねるもの、経費削減に関する意見を求めるものなど様々である。

 当然回答者もバラエティーに富んでいる。日立製作所のみならずグループ会社の社員から、また総務や経理を含む多様な業務部門から回答が寄せられている。さらには入社間もない社員から経営幹部に至るまで、幅広い職位から回答が集まるケースも少なくない。このような多様な回答の入手は、イントラSNSのような手段以外ではかなり困難だろう。

 質問は、短かければ1日、平均でも1週間程度で解決する。こちらも信じられないほど迅速だ。質問者が知己をたどってひとつひとつ処理をしたのでは到底この期間では解決しない。このような多様性のメリットを、仮定を置いた上で代替作業に置き換えれば、約2日分に相当するという試算もある。


さらなる可能性と新しい挑戦

 そもそも、SNSのようなソーシャル機能を社内に持ち込む目的は、組織内に蓄積されている情報や知識(組織知)を有効に活用したいがためである。Q&Aもあれば相互の啓発もある。生活関連情報の交換でも良い。ただ、業務遂行のためのイントラシステムの一つとして運営される以上、最終的には何らかの形で業務とのつながりが必要となることも事実である。この目的に沿って、この場に増え続ける情報や知識を今後どう利用していくのか。また、この場に集う参加者のつながりをどう活かしていくのか。今、次のチャレンジが始まっている。

 組織知の収集、人のつながりを考えれば、やはり参加者の増加が必須の条件となる。日立グループ社員25万人に比べれば、現在の参加者約8000人はまだ3%程度である。次の1年の目標は参加者倍増以上だと聞くが、その手段はなかなか難しい。強制参加を増やしていけば、あっと言う間に人数は増えようが、そのやり方では場が活性化するとは考えにくい。逆にアクティブな少数ユーザーの活動だけでは多くの参加者に役立つとは言えない。活性を保ちつつ参加者も増やさねばならないのだが、サイトの内容充実と参加者増加はある意味相互依存関係であり、それをプラスの好循環に持って行けるかどうかがカギであろう。当面どこまで増やせば良いのかというところも見極めどころではある。将来的には「こもれび」そのものをイントラシステムの統合ポータルとし、イントラ全体のプラットフォームとすることも考えられよう。

 収集の次は集約である。日記やコメントの形で集まった自由記述形式のコンテンツをどう成形し、活用可能な形にするのか。様々な新機能が提供されている検索エンジン、情報の整理や編集の機能、使いやすさを考慮したポータルインタフェースなどいろいろなツールの整備とともに、情報や知識の体系化や多様なタグ付け、オントロジー(意味をデータ的に処理するためのモデル)の整備などの作業も必要になってくる。

 一方グループ会社の中には、「こもれび」以外に、独自のSNSやWikiなどのイントラシステムを運営しているところもある。目的も運用も微妙に異なるとなれば、単純な統合は難しいが、ユーザーにとってみれば、似たような二つのイントラSNSを使い分けることはできれば避けたく、緩やかな相互連携などの可能性を探る必要があるかも知れない。

 この不況の中、総合電機グループとしては、その傘の下にいる多様な社員や事業の多様性をうまく活用できるかどうかが今後の存続を左右しかねない。ここで述べた様々な面に関しては「まだまだ検討が甘い」とお叱りを受けるかもしれないが、プラスの面に目を閉じてしまっては、こうしたプロジェクトの発展はないことも事実である。その上で行われる組織知の共有と活用を夢に終わらせることのないようにしていきたい。

<筆者紹介>吉岡 正壱郎(よしおか まさいちろう)
日立コンサルティング ディレクター
京都大学大学院理学研究科卒業。1982年日立製作所システム開発研究所に入社し、大型汎用機のオペレーティングシステム、高信頼化機能の設計や並列化機能の開発を経て、分散オブジェクト、SOAやXML、Webサービス等の草創期の研究に取り組む。1998年より研究企画業務を兼務し、米国大手企業、独GMD、仏INRIA等との共同研究、OMG標準化活動などを推進。2000年10月、情報通信グループの戦略企画部門に移り、事業戦略策定、新規事業開発、研究管理制度改革、ブランドデザイン等を推進。2002年、事業コンセプト「情報ライフライン」を起案。この間、国内外での共同事業、アライアンスを多数推進。2004年10月、WTOシンポジウムにおいて日本代表として発表。  2004年、コンサルティング部門に異動後は、日立の幅広い業容をベースとした事業戦略策定、新事業開発、イノベーションマネジメント、ナレッジマネジメント等のコンサルティングに携わる。日本人の性格や日本独自の文化、社会、価値観などを強みとする経営戦略に関心がある。

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