【ネット時評 : 荒野高志(インテック・ネットコア)】
インターネットはクラウド社会のインフラになりうるか?(後編)

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 クラウドコンピューティングなど、ネットワークを前提としたIT活用が社会に浸透するにつれて、インターネットはこれまで以上にインフラストラクチャーとして重要な存在になりつつある。
 

 しかし、インターネットにはまだ解決すべき本質的なリスクがいくつか潜んでいる。前編ではクラウド社会のインフラになるための技術的な課題としてルーティング問題を紹介したが、後編では2011年に想定されているIPアドレス枯渇問題を紹介したい。


IPアドレスが枯渇する

 IPアドレスはインターネット上で位置を表現するための番号であり、インターネット上ではすべての装置にユニークな番号が割り振られる。インターネットの電話番号のようなものだと思えばよい。現在インターネットに使われているIPアドレスはバージョンが4であり、IPv4と呼ばれている。次の規格がバージョン6、IPv6である。さて、このIPアドレスは世界にひとつの大元の在庫を持っているIANA(Internet Assigned Numbers Authority)、そこから世界の5地域に分かれてアドレス配布を行う地域レジストリ(RIR: Regional Internet Registry、アジア太平洋を受け持つのはAPNIC)、そこから国別にアドレス配布を行う国別レジストリ(日本はJPNIC)を経由して、インターネットサービスプロバイダー(ISP)にアドレスが配布されるというような、階層構造となっている。ISPは自社のネットワークの拡張計画を示しておおよそ12-18カ月計画分のIPアドレスをレジストリから取得する。今回取り上げるアドレス枯渇とは階層構造で割り振られる新規アドレスの在庫が次々、払底していくことを指している。

 実は電話番号も過去に枯渇の危機を乗り越えている。例えば、携帯の電話番号は、今から十数年前、加入者増により番号が足りないとされた。このとき、総務省は1999年に一桁増やし、11桁とする措置をとった。IPアドレスの枯渇が電話番号の枯渇と異なるのは、IPアドレスの桁数がIPv4アドレスであれば「32ビット」というように固定長であることに関係している。電話は桁数が増加しても通信の仕組み自体には変化がないのだが、128ビット長の規格IPv6はIPv4と全く違う通信の仕組みであり、上位互換性がない(上位互換性はたとえばPC上のソフトでは通常確保されている。つまりOSだけあるいはアプリケーションだけバージョンアップしても動作に問題がないように作られている)。

 IPv4アドレスについても、過去に2度ほど枯渇するという予測がなされたことがある(図1参照)。一度はインターネット黎明期の鷹揚なアドレス配布が原因であり、技術的な延命策が施された。二回目は2000年前後のアドレス消費の急増が理由で枯渇が懸念された。図2にIANAからRIRへの配布状況を示す。2002年には一回ITバブルがはじけアドレス消費量が減ったものの成長軌道そのものは変わらず、2度目の予測から3-4年遅れた形で在庫が減ってきたというのが現在の状況である。

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 では、いつ枯渇するのか、という予測に次の興味が移るだろう。オーストラリアの研究者ジェフ・ヒューストンの予測を図3で解説した。彼は過去のデータを用いて数学モデルを作り、毎日枯渇予想日を更新している。これによると、IANAの在庫が枯渇するのは、2011年第一四半期ということである。

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 在庫量そのものが減ってきていることもあって、予測の精度は数年前とは段違いに上がってきてはいるが、それでも不確定な要素が多い。現在の経済危機が設備投資を止めるという予測がある一方で、注目すべきはiPhoneなどをはじめとするスマートフォンの伸びである。端的にいえば従来の携帯電話自体はIPアドレスを必要としないが、スマートフォンには割り当てされる。実際、米国の大手事業者であるベライゾンが昨年、IPv4空間全体の約1/500に相当する量(現在の在庫量の約1/60、約800万台分に相当)のアドレスをスマートフォン用途で取得したという話がある。この動きは不況には影響されにくいとも考えられ、他社・他国もこの動きに追随してくるだろう。そうなった場合には、ヒューストン予測をはるかに上回るスピードで枯渇日を迎えることもありうるかもしれない。


枯渇するとどうなる?

 では、枯渇したらどうなるのか、という疑問がある。たしかに、今までのインターネットが動作しなくなるわけではない。が、現在、日々発展を続けている今後のインターネットの拡張部分に割り当てるアドレスがなくなってしまうのだ。

 現在、世界人口は70億に近づこうとしているが、インターネット人口はまだ15億だという。残りの50億あまりの人々をどうやってつないでいくのか。あと数年でアドレス枯渇してしまうにしては、まだまだ今のインターネットは発展途上なのである。そして個々のISPにとっては、自身のネットワークを拡張できないということを意味する。すなわち新しい顧客を獲得したり、新しいサービスを立ち上げられなくなる。事業の継続性/発展性のリスクの問題としてとらえるべき問題である。


3つの枯渇対策

 さて、アドレス枯渇というリスクに直面したときにどういう対処法があるか、総務省の報告書JPNIC報告書ではそれぞれ表現は違うが、次の3つとしている。

1) 未利用IPアドレスを回収・再利用する
2) アドレスの利用集約度を上げる
3) IPv6を導入する

 図4に詳細をまとめたが、3案とも万能な解ではない。最終的には(3)の IPv6が有効ではあるが、同時に(1)(2)の暫定対処策も必要である。もちろん、暫定対処策だけでは将来的な需要まではまかなえない。

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 日本では、大手の通信事業者が着々と(3)のIPv6化に対応しつつも、(2)などの対応も並行して進めつつある。また、業界全体では、昨年の9月に業界17団体と総務省があつまり、IPv4アドレス枯渇対応タスクフォースを発足し、枯渇対応がスムーズに進むように側面支援を行っている。


ツギハギだらけのネットになる危険性

 この枯渇対策を進めるに当たり、技術的な視点から、ごくごく単純化した形ではあるが、問題点を明らかにしておこう。

 まずひとつめはツギハギだらけのネットワークの問題である。上記3つのアドレス枯渇対策がそれぞれの事業者や企業で進められると、以下の3種類のネットワークが出現する。「IPv4グローバルアドレスネット」「IPv4プライベートアドレスネット」「IPv6ネット」である(注1)。これらはそのままでは相互接続できないため、接続部分にそれぞれトランスレーター、CGN(キャリアグレードNAT)と呼ばれる装置が必要となる。ただし、すべてのネットアプリケーションが動作するわけではないなど、技術的な問題点も抱えている。図5にこれらの装置のイメージとその技術的問題点を示した。

(注1)実際にはIPv4/IPv6をひとつの物理ネットに共存させることもできる(デュアルスタックという)ので、これよりも場合分け的には複雑となる。

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 現実に枯渇期を迎えたときには、IPv6対応する事業者、IPv4でCGNを準備する事業者、何もしない事業者など、事業者ごとにさまざまな対応が個別の判断により行われるだろう。図6に示したものが、枯渇対応後に懸念されるインターネットのイメージである。枯渇対応を誤るとインターネットはこのようなバラバラでツギハギ模様のネットワークになってしまいかねない。

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 この「ツギハギ」ネットワークには、2つの大きな問題点がある。

 (1)バラバラであればあるほどコストがかさむ
 図からも明らかなように、事業者の対応がバラバラであればあるほど、新たな装置の設置を必要とし、全体としてコスト増の要因となる。

 (2)ツギハギなネットはつながりにくい
 ツギハギだらけのネットワークがそのまま拡大していくと、「なんとなくつながりにくい」「ある場所とは通信ができない」「突然遅くなる」など、さまざまな症状がでてくるであろう。対応が適切でないとインターネットがどんどん痛んでいく。

 前編でクラウドコンピューティングの暗黙の前提として、インターネットの任意の2地点がそれなりの性能で、安定してつながることが大事であると書いた。各事業者があまりにバラバラな対応をするとこの前提を満たすことができなくなり、クラウドビジネスやその他のインターネットの上のビジネスに悪影響が出てくる可能性が高い。GoogleやMicroSoftがネットワークインフラビジネスを本業としていないにも関わらず、昔からIPv6普及啓蒙に熱心なのはこういう理由なのだ。


枯渇はネットワーク事業者だけの問題ではない

 最近、インターネットにはPCだけではなく、ゲームやスマートフォン、各種センサー等いろいろなものがつながってきている。またさまざまな産業アプリケーションもインターネット上で動作するようになった。こういった端末ベンダーやアプリケーションサービスベンダーも枯渇問題に関心を払わなければならない関係者だ。インターネットがIPv6主流になった時代には端末やアプリはIPv6をサポートしないわけにはいかないからだ。

 携帯電話業界ではネット側が端末側の開発のコストを負担することにより、ネット規格の世代交代の際に、ネットと端末の同期が図られてきた。しかし、インターネットの業界では完全にオープンな世界であるために、ネットと端末との同期はうまくとれないだろう。相互接続性に関しても、コストに関しても、これはいくつかの問題を引き起こす。例えば、枯渇後にもIPv4家電が売り続けられるとするならば、その後、その家電のライフタイム(たとえば10年)程度はネットワーク側がトランスレーターの維持コストを払うことになるというような構造になるかもしれない。

 アプリケーション開発者にとっても重要な問題だ。本来、ネットアプリはIPアドレスとは独立であるはずなのだが、これは実は怪しい。アプリケーションにIPアドレスが埋め込まれているケース、IPアドレスを見てコンテンツを変えたり、フィルターをかけたりしているケースなどがあると言われている。2000年問題ほどではないにせよ、アプリケーションチェックリストを作成し、総点検を行うというようなアクションが必要となるかもしれない。

 こう考えていくと、インターネットは汎用的でオープンであるがゆえに、どこまでが関係者なのか判然としないという問題構造が浮かび上がる。地上波テレビのデジタル移行の場合には、コンテンツプロバイダーは数多いものの放送局がそれを束ねており、その放送局の数も限られている。受像機メーカも家電、ワンセグ携帯、一部のPCでほとんどを占める。したがって関係者を特定するのが容易である。一方で、インターネットはその汎用性ゆえ、ISPの数も多く、端末ベンダーやアプリケーションベンダーに至るまで関係するプレーヤーの範囲が広いのだ。問題解決のためには、誰に影響し、誰が対応しなければならないのかがはっきりしないことには解決の出発点にも立てないわけだが、そこからして困難さがある。


対応の遅れで技術的困難が増加

 もう一点大事なのが、技術的な困難さは時間とともに増していくだろうということだ。

 IPv6の標準化が完了した1995年以降、IPv4からIPv6の移行手段は十分議論されてきて、いくつかの移行ソリューションや移行ガイドラインなどが準備された。おそらくIPv6が3年前に始まっていたら、これらのソリューションやガイドラインを利用して、よりスムーズにIPv6が導入されていただろう。

 というのも、実はこれらの移行ソリューションはIPv4アドレスがまだ潤沢にあるという前提で、IPv6はIPv4のバックアップ的な位置づけで導入されるというシナリオに基づいていた。具体的には「IPv4がなくてIPv6 onlyという状況」は想定せずに済んだのだ。IPv6で動作しない機能があってもかまわず(IPv4が動作しているので・注2)、IPv6の実装を徐々に成熟させていけばよかった。

(注2)例えばWindows XPのIPv6実装ではDNS参照機能は提供されていない。

 ところが、現状ではIPv6の離陸とIPv4の枯渇、どちらが先にくるかというような状況になっている。これはIPv6 only環境が出てこざるをえないということを意味している。なるべく早い時期にIPv6導入を図らないと、時間が経てば経つほど導入当初からIPv6に要求される品質要求が高くなり(基本的にはIPv4商用基準と同等であるはず)、かつ運用経験の蓄積による技術成熟化の時間が短くなる。こうして技術的には解決がより困難となっていく懸念がある。要するにIPv4アドレスが枯渇してからでは、IPv6の導入は遅いのだ。

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アドレス枯渇問題の本質

 さて、こうやっていくつかの視点から問題構造の本質を考えていくと、この問題は極めて公共的な色彩をもつ問題と筆者には思える。歩調を合わせて全体でインターネットの相互接続性を守らなければ、その上のビジネスを含め、多方面に影響が出てしまう。個々の枯渇対応はネットワーク事業者にとって事業継続のためのリスク管理としてもとらえられるけれども、対応方法や時期などを各事業者に全く任せ、コストも個々の事業者負担ということでは、インターネットはバラバラなネットワークとなってしまうだけだ。

 インターネットは誕生以来、それぞれの事業者が自由に拡張し、自由に技術開発を行い、自由にアプリケーションを走らせてきた。それがインターネットのイノベーションの方程式だった。しかしながらその前提は相互接続性が確保されているということであったはずだ。今、枯渇問題によってまさにその当たり前であったはずの相互接続性が失われようとしている。今までインターネットの危機とは少々種類が違う危機かもしれない。本稿をきっかけに、なるべく広い分野にかかわる関係者とこの問題について意識を共有していきたいと考えている。


<筆者紹介>荒野 高志(あらの たかし)

インテック・ネットコア社長
1986年東京大学理学部情報科学修士過程終了後、日本電信電話入社。OCNの立ち上げ時よりネットワーク設計、構築、運用を担当。その後、日本および世界のIPアドレス管理ポリシー策定のため、JPNIC IP-WG主査や、99年より国際的なインターネットガバナンス組織であるICANNのアドレス評議委員を務める。また、日本インタネット協会Y2KCC/JP代表としてインターネットY2K問題対応を現場(大手町)で陣頭指揮し、JANOG(日本ネットワークオペレーターズグループ:会員2500人、業界横通しの技術交流・議論の場)を組織した。最近では社内外で、次世代ネットワークプロトコルであるIPv6の実現・普及啓蒙活動に従事しており、現在、IPv6 Forumのボードメンバやインタネット協会IPv6デプロイメント委員会議長などを務める。


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