【ネット時評 : 城所岩生(国際大学GLOCOM)】
グーグル・ブック検索和解「異議申し立て」のすすめ

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 ネットで書籍の内容を閲覧・検索できる「グーグル・ブック検索」をめぐる著作権侵害訴訟の和解案が、わが国でも大きな議論を巻き起こしている。当初、日本の著作権者も5月5日までにこの和解案を受け入れるかどうかを表明しなくてはならない、とされていたが、ここへ来て事態はさらに大きく動き出した。
 

 米連邦地方裁判所は4月28日に、5月5日までだった和解案の通知期間を9月4日まで、約4カ月延長した。その数日前、グーグルは「2カ月の延長」を裁判所に要請していたことを明らかにしている。そしてもうひとつ、ニューヨーク・タイムズの報道によれば、米司法省が本件を独占禁止法に抵触しないか調査を開始したという。

 今後の状況の推移を正しく見守るためにも、これまでの経緯を整理し、私たちがこの問題にどう対処するのか、基本的なスタンスを明確にしておくべきだと考える。本稿はそうした趣旨で執筆した。期間延長や独禁法に抵触するかどうか、といった最新の動きについては、後日別稿で解説してみたい。


著作者、出版社それぞれの判断

 最近、著作権者のはしくれである筆者のところにも、出版社からグーグル・ブック検索和解についてのお知らせが何通か届いた。その中には思わず首をかしげたくなる内容のものもあった。そこで、やはり著作権者でもある同僚の大学教員、そして自分が顧問を務めている牧野総合法律事務所(東京都新宿区)のスタッフの協力も得て、出版各社の対応についての事例を収集した。
 
 事例を集めてみると、予想どおり出版社から著作権者に対する案内にはバラつきがあった。しかし事例をつぶさに観察してみると意外なことがわかった。和解に参加するか否かは基本的には著作権者が判断する問題だが、出版社自身が権利者としてどう対応するかを参考までに紹介しているところもある。その対応は各社とも似たようなもので、基本的には「和解を受け入れる」というものが多かったのだ。

 筆者個人としては、むしろ積極的に「異議申し立て」をすべきではないかと考えている。その理由を説明する前に、これまでの経緯をおさらいしてみよう。


なぜ日本の著作権者に影響するのか

 グーグルのブック検索訴訟および和解案作成に至るまでの経緯については、昨年10月の和解案発表直後、本コラムで紹介したので(「ネットも本も」覇権握るグーグル・上)、ここではその後の展開についてまず紹介する。

 2009年2月24日、グーグルは朝日、読売の朝刊に法定通知を掲載した。和解案が日本国内の著作権者にも影響するため、理解を求める内容だった。この通知によって、和解案を“対岸の火事”視していた日本の著作権者が、その当事者であることが判明した。
 
 米国での和解が日本の著作権者にも影響を与えるのは、二つの要因が重なったからだ。一つは今回の訴訟が集団訴訟(クラスアクション)であったこと。集団訴訟は製造物責任、公害、薬害など共通の損害を受けた多数の被害者を救済する日本にはない訴訟制度である。原告が被害者全員を代表することにより、個々の訴訟による膨大な訴訟費用を節約するとともに、一人の判事が全員の主張を同時に聞くことにより裁判所としても時間を節約することができる。原告は個別に委任を受けなくてもクラス全員を代表することができ、判決の効果もクラス全員に及ぶ。このため、和解するにも裁判所の許可がいる。今回の訴訟が提起されたニューヨーク南部地区連邦地方裁判所は、6月11日に公聴会を開いて和解内容に異議があれば聞くことにした。許可するか否か判断する際の参考にするわけである。 

 もう一つはベルヌ条約。加盟国の著作権者に自国の著作権者と同等の権利を与えることを義務づけるこの条約に日米両国とも加盟しているため、日本の著作権者も米国内でアメリカの著作権者と同等に扱われるのである。

 相前後して日本書籍出版協会は2月20日に「Googleとアメリカ作家組合、アメリカ出版協会会員社との和解について」という声明を発表した。日本の著作権者は、当事者であるばかりか、5月5日までに限られた選択肢の中からどう対処するかを決める必要に迫られることになった。まさしく出版業界に激震が走ったのである。

 その声明によれば、選択肢とは下記のようなものだ。
 
(1)和解に参加する:何の通知もしない場合、自動的に和解参加となる。

(2)参加を拒否する:2009年5月5日までに通知することが必要となる。参加を拒否する場合、グーグルや参加図書館への新たな訴訟提起や抗議をすることができる。ただし、過去のデジタル化に対する解決金(1作品あたり60ドル)を受け取ることはできない。また、参加を拒否したとしてもグーグルが書籍のスキャンや抜粋表示しない保証はない(グーグルはこれらの行為について当初から「フェアユース」にあたると主張していたため)。

(3)異議申し立てをする:2009年5月5日までに、和解条件について米国の裁判所に対して異議を申し立てる。ただし、裁判所に異議を却下された場合は現条件での和解参加となる。

(4)和解に参加した後に表示使用から除外する:2009年5月5日までに通知をせず、和解に参加するが、その後、絶版・市販中止の書籍を表示使用から除外することを求める。

(5)和解に参加した後、特定の書籍を削除する:2009年5月5日までに通知をせず、和解に参加するが、2011年4月5日までに特定の書籍をGoogleのデータベースから削除することを求める。


各選択肢の比較

 わが国では出版社は著作権を持っていない場合が多い。 翻訳、編曲、脚色、映画化などの二次的著作物への利用については、出版契約などで著作権者から委任を受けているケースも多いようだが、その場合でも著作権者は出版社と同一の権利を専有している。したがって、上記について決定し、手続きをするのはあくまでも著作権者である。それを知らせるのが、出版社が今回著作権者に通知を出した主たる理由であった。

 そして著作権を保有している出版社は、通知の中で自社の著作権者としての選択を紹介している。(4)(5)は5月5日時点では(1)と変わらないので、(1)~(3)の中からの選択となるが、出版社の選択はなぜか(1)に集中している。
 
 確かに(2)は現実的ではない。過去のデジタル化に対する賠償金を受け取ることができなくなる代わりに訴訟提起ができるのがメリットだが、和解成立後の訴訟提起は難しい。全米作家協会や全米出版社協会と同じような主張であれば、すでにグーグルと和解しているので、判事もこの和解に引っ張られるおそれがあるからである。和解内容が既成事実化、ひいては業界慣行化してしまえば、それを覆すのは容易ではない。しかも、米国で訴訟を提起するには、証拠開示で多量の証拠を英語に翻訳して提出しなければならず、通訳、外国出張旅費などもかかるため、日本の10倍近い訴訟費用がかかる場合もあるようである。
 
 これに比べれば(3)は悪くない選択肢のような気がする。まず異議申し立ての場合、新たな訴訟提起のようなコストはかからない。すでに米国内でも異議申し立てが提出されているようだが、世界中から異議申し立てが殺到すれば、裁判所が和解を許可しない可能性も十分ある。コストはかからずに和解許可にインパクトを与えることも可能なので、(2)よりはるかにコストパフォーマンスの高いオプションといえる。
 
 それではどんな異議を唱えるべきか。以下はその私案である。


異議申し立ての論拠案

1.和解案は米国標準を世界に押し付ける結果をもたらす。

 米国がしばしば、グローバル・スタンダードという美名のもとに、自国ルールを世界に押しつけようとすることに対しては批判が絶えない。デジタル化した書籍を、和解に基づき設立されるという「版権レジストリ」が一元的に管理することに対しては、米国内においてすら独禁法違反の懸念が指摘されている。その版権レジストリにグーグルがデジタル化した世界の書籍を一元管理させるというのは、米国ルールの押し付け以外の何物でもない。集団訴訟という米国の制度が、たまたまとはいえ、ベルヌ条約と結びついたことで全世界に影響を及ぼすのも、米国基準を世界に押し付ける結果を招いている。ノーといわないかぎりイエスとみなすオプトアウトの手法についても同じことがいえる。これも米国標準だからである。

2.和解案は米国の公共政策失敗のツケを世界に回すことになる。

 和解が成立すれば、グーグルは米国内で通常の流通経路で入手できない出版物を利用する権利を独占することになる。利用する権利には、書誌情報を見せるプレビュー、抜粋を表示するスニペットだけでなく、全文を閲覧できるオンライン販売まで含まれ、グーグルが和解によって得る最大のメリットといってよい。日本語版など外国の出版物は、ほとんどすべてが「米国内での通常の流通経路で入手できない出版物」に該当してしまうという問題がある。また、米国内で通常の流通経路で入手できない出版物の中には、絶版本だけでなく、死亡などで権利者が不明になったいわゆる孤児作品も多い。そうした作品を利用しやすくするような法案が2008年、連邦議会に提案された。権利者を探す努力をすれば、一定の条件のもとでそうした権利者不明の作品を使用できるようにするというもので、上院は通過したが、下院で承認されず、廃案となってしまった。こうした公共政策の失敗がグーグルの孤児作品独占を許し、そのツケを世界に回す結果をもたらした。

3.和解案は日米両国の憲法が保障する法の適正な手続きに違反している。

 和解案は期間、内容、方法とも極めて不十分な通知によって、裁判を受ける権利のような憲法で保障された基本的人権まで奪おうとしている。

(参考)
「何人も、法律の定める手続きによらなければ、その生命若しくは自由を奪われ、又はその他の刑罰を科されない。」(日本国憲法第31条)
「・・・州は、何人からも、法の適正な手続きによらずに、その生命、自由、財産を奪ってはならない・・・」(合衆国憲法修正第14条)


不十分この上ないグーグルの告知

 紙面の下段3分の1を使っただけの広告を2紙に一回かぎり掲載しただけで、通知の目的が果たせたとは到底思えない。ちなみにパナソニック(当時は松下電器)は、2005年12月、一酸化炭素中毒事件を起こした温風器を回収するため、全国62紙に製品の引き取りについて説明した告知広告を掲載。12月中旬の10日間のすべてのテレビCMを同様の告知広告に差し替え、ラジオ提供番組へのCMも告知広告とした。人体に危害を及ぼすおそれがあるとはいえ、限られた数の製品回収のために、広告だけでもこれだけ打ったのである。日本国内の著作権者の数はぼう大だ。それを考えればグーグルの取った措置は不十分この上ないといえよう。出版社が著作権者に送っている通知も転居などで、届かないことも十分ありうる。新聞広告はそうしたケースをカバーする役割を果たすからである。

 法定通知が読むよう指示している「通知の完全版」の和訳もお粗末で、原文にあたらないと意味がわからない箇所が散見される。こうした不十分な判断材料をもとに、2月末から5月5日までのわずか2カ月強で、決断しないと憲法で保障された基本的人権まで奪う(和解を拒否しないかぎり和解に参加したとみなされ、裁判を受ける権利を失う)というのは適正な手続きとは到底思えない。通知期間の延長はもっともな話で、自分も最低3カ月の延長は必要だと考えていた。

 出版社の通知の多くが、米国流の一方的なやり方に憤りを感じると述べている。憤りを感じるならば、異議を唱えるべきだ。公聴会で異議を申し立てる道もある。今回の期間延長に見られるように、行動を起こせば和解案にインパクトを与える可能性は残されているのである。

<訂正あり>
リンク先ご参照ください。

<筆者紹介>城所 岩生(きどころ いわお)
国際大学GLOCOM客員教授/米国弁護士

東京大学法学部卒、ニューヨーク大経営学修士・法学修士。1965 年NTT入社、1986年から米国現地法人の幹部を歴任した後、1994年退社。米国弁護士 (ニューヨーク州・首都ワシントン)、成蹊大学法学部教授を経て、2009年から現職。専門は情報通信法、アメリカ法。著書:「米国通信戦争」(1996年、日刊工業新聞社)、「米国通信改革法解説」(2001年、木鐸社)ほか。

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