【ネット時評 : 城所岩生(国際大学GLOCOM)】
グーグル・ブック検索和解「異議申し立て」再考

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 「グーグル・ブック検索」をめぐる集団訴訟の和解案が日本の著作者にも影響することになった問題は、和解案の通知期間が9月4日まで延長されたことでやや落ち着きを見せている。また、5月末に集団訴訟の原告である全米作家協会、全米出版社協会の関係者らが来日。日本で流通している本が、米国で買えないからといって自動的に全文表示の対象になるようなことはない、と説明したことで、日本の著作権者側も姿勢を軟化させる向きも出てきた。
 

 説明不足が補われ、選択の幅が広がるのはいいことだ。しかし、この問題の本質、つまり「米国流」を一方的に押し付けられた、という違和感は依然としてぬぐえない。

 前回のこのコラムでは、出版社から著作権者にあてた通知の多くが、憤りを感じるとしながら和解に参加する出版社が多かったことを紹介し、憤りを感じるなら「異議申し立て」というコストパフォーマンスも悪くない選択肢がある点を指摘した。この点について、補足を試みたい。


ベルヌ条約の視点から

 異議申し立ての論拠として、前回私案を紹介した。それは(1)和解案は米国標準を世界に押し付ける結果をもたらす(2)和解案は米国の公共政策失敗のツケを世界に回すことになる(3)和解案は日米両国の憲法が保障する法の適正な手続きに違反しているのでは、の3点である。

 ここでもうひとつ、やや難解かもしれないが論拠を追加する。著作権の国際条約である「ベルヌ条約」に関連した視点だ。

 今回、和解案が日本の著作権者にも影響する理由は、集団訴訟という米国内の訴訟制度と、ベルヌ条約(文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約、加盟国の著作権者に自国の著作権者と同等の権利を与えることを義務づける)という国際条約の相互作用の結果である。まず集団訴訟で「著作権者」という集団が対象となり、ベルヌ条約によって米国の著作権者と同等の権利を保有していた日本の著作権者もその一員となったのだ。

 しかし、そのベルヌ条約は、権利の制限や強制許諾制度の採用を一定の要件を満たす場合に制限している。

 まず複製権(著作者が専有する、著作物の複製を作成する権利)の制限について、ベルヌ条約第9条「複製権」の(2)項「例外」は、スリー・ステップ・テストと呼ばれる3要件(①特別な場合についてであり、②著作物の通常の利用を妨げず、③その著作物の正当な利益を不当に害しない)を満たす時、国内法令で強制許諾も含めた著作権の制限・例外規定を定めることを認めている(http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/014/05070101/003_1.htm)。和解案が果たして、このスリー・ステップ・テストを満たしているかというのが、最初に思い浮かぶ疑問である。今回の訴訟で、グーグルはフェアユースを主張した。この主張が認められれば、スリー・ステップ・テストを満たしている、と考えることもできる。しかし、和解で決着がつけば、フェアユースが認められたことにはならない。和解案がスリー・ステップ・テストを満たすかどうかも未解決の疑問のまま残る。

 仮に満たす場合でも、強制許諾についてベルヌ条約は付属書第III条「複製権」の(7)項「強制許諾が適用されない著作物」を定めている。一言でいうと、強制許諾が与えられる分野を制限している(黒川徳太郎「ベルヌ条約逐条解説」社団法人著作権資料協会、1979年発行)。和解案はこの規定に違反する恐れはないか。それが次なる疑問である。

 強制許諾の定義そのものはベルヌ条約にはないが、平成17年度第3回文化審議会著作権分科会契約・流通小委員会(6月23日)の資料3-1「我が国裁定制度の国際著作権条約上の位置づけ」に以下の説明がある(http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/014/05070101/003_1.htm)。

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強制許諾、法定許諾、自由使用、著作権の制限の概念

 国際著作権条約上の概念である「強制許諾」、「法定許諾」、「自由使用」、「著作権の制限」については、一般に次のように整理されている。※

(1)強制許諾(Compulsory License)
 特定の場合に、事前に権限ある機関又は著作権団体に申請し、当該機関・団体が許諾を与えることで、著作物を利用することができる制度。
(2)法定許諾(Statutory License)
 特定の場合に、権利者への事前の通報を行うことなく、著作権使用料を支払うことによって、法律が許諾を与えることで、著作物を利用することができる制度。
(3)自由使用(Free Use)
 特定の場合に、許諾を得ることなくかつ無料で、著作物を利用することができる制度。
(4)著作権の制限(Limitation of Copyright)
 著作物の利用に関して著作者の排他的権利を制限する著作権法上の規定。主なものとして、強制許諾、法定許諾、自由使用がある。

※WIPO著作権・著作隣接権用語辞典、1980年WIPO、大山幸房訳英・仏・和対訳版・社団法人著作権資料協会1968年発行参照。
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 上記に、(1)の「強制許諾」以外も引用した理由は、米国内で通常の販売経路で流通していない書籍について、グーグルに独占的使用権を与える和解案は、(3)の「自由使用」に近いのではと思われるからだ。ベルヌ条約に言う強制許諾が上記(1)と同じかどうかは不明だが、(1)に類似したものと仮定しよう。(1)~(3)の中で最も著作権を制限しない(=著作権を保護する)(1)に対してすら、ベルヌ条約は上で紹介したように付属書でそれが与えられる分野を制限しているのである。(1)に比べて、はるかに著作権を制限する(=著作権を保護しない)(3)に対しては、少なくとも(1)と同等の制約がかかると解すべきである。そうした制約を免れて著作権を制限する和解案が、ベルヌ条約の趣旨に反するのは疑いがない。

 もちろん条約は国を縛るもので、私人に直接適用されるものではない。また、仮に米国に対して条約違反を主張しても、米国は国際条約に対するスタンスが日本とはかなり異なる国でもある。日本は国際条約を最も忠実に遵守している国の一つだが、アメリカはその対極にあるからである。今年の春、ロサンゼルスのサウスウエスタン・ロースクールが新しい著作権のあり方を考えるセミナーを開催した。日本でも著名な官民学の論客が一同に会するというので参加したが、国際条約との関連について議論するセッションがない。条約など「どこ吹く風」のアメリカらしいな、と思っていたところ、最後のセッションのQ&Aで会場から質問が出た。パネリストも意表を突かれたのか、お互いに顔を見合せながら一瞬の沈黙。その後一人が「国際条約など気にしていたら、著作権の考え直しなどできないよ」と答えて終わりだった。

 また、ベルヌ条約は全会一致でないと改正できない。このため、前回改正は38年前の1971年(パリ改正)。極めて動きの早いインターネットの時代について行けるのかという疑問は、確かに払しょくできない。

 しかし、今回の和解は米国独自の集団訴訟との合わせ技で、全世界に影響を及ぼすものだ。条約の趣旨に反する疑いのある行為が米国内にとどまるならまだしも、世界中を巻き込む米国の暴走(?)を放任すべきではない。ベルヌ条約の趣旨に反することを、異議を申し立ての論拠として考えるべきである。裁判所が、法律や条約違反のおそれがある内容まで含んだ和解案を承認するとは考えにくいので、異議申し立ての強力な論拠になると思われる。


なぜ異議申し立てが有効か

 もう一点、なぜ異議申し立てが有効かについて、補足しておきたい。
 
 日本は「出る杭(くい)は打たれる」社会だが、米国には “Squeaking wheel gets oil.” (「キーキー鳴る車輪は油を差してもらえる」)という言葉がある。日本語でいう「ゴネ得」に近いニュアンスだが、裏返せば、自分の意見をはっきり主張しないと無視される社会なのである。今回、出版社が著者に出した通知には「米国流の一方的なやり方に怒りを覚える」とするものが少なくない。しかし、その言動に問題があると思った時、異議も唱えずに「長いものには巻かれろ」でいると、大国のエゴを増長させるだけである。

 日本弁護士連合会(日弁連)と京都弁護士会は2007年に米国のクラスアクション(集団訴訟)制度の実情調査を実施した。その結果が「アメリカ合衆国クラスアクション調査報告書」にまとめられている(http://www.nichibenren.or.jp/ja/committee/list/shohisha/shohisha_b.html)。第4章、6. (3) ①に裁判所が和解を承認する際における考慮要素として、10項目を挙げている。その中に「クラス構成員から出された異議の数及びその内容」がある。つまり、和解を承認するにあたっては、異議の数も考慮されるので、異議があればどんどん申し立てるべきである。もちろん、内容も考慮されるので、怒りをぶつける感情論だけではインパクトがないことはいうまでもない。

 そして、アメリカ連邦民事訴訟規則第23条「クラスアクション」(c)(2)(B)は、クラス構成員に対しての通知について以下のように定めている。

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(B) 裁判所が第23条(b)(1)及び(2)によりクラスを認許した場合、クラスの構成員に対し、合理的な努力により特定可能な全ての構成員に個別的に通知することを含め、事情の許す限りで最善の通知方法を指示しなければならない。その通知は理解しやすい簡明な言葉で正確でかつ明確に次の点を述べなければならない:

・訴えの性質
・認許されたクラスの定義
・クラスに係る請求、争点、又は防御
・クラスの構成員が望む場合にはクラス訴訟代理人によって出頭できること
・裁判所は、構成員の要求する場合、その者をクラスから除外すること、及び、構成員が除外を選択すべき時と方法
・クラス構成員に対する第23条(c)(3)によるクラスアクション判決の拘束力

(出典:渡辺惺之ほか「英和対訳 アメリカ連邦民事訴訟規則(2004-05 Edition)」レクシスネクシス・ジャパン)
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 今回、和解管理者が出した広告が、果たしてこの要件を満たした通知であるといえるだろうか。

                   ◇       ◇

 前回寄稿した「グーグル・ブック検索和解『異議申し立て』のすすめ」で、全国紙2紙などに1回だけ広告掲載したグーグルの告知がきわめて不十分であると指摘したところ、告知はグーグルではなく、和解管理者が掲載したものであるとの指摘を受けた。執筆時点では、5月5日までだった著作権者の意思決定期限に間に合わせようと、確認が不十分だった点をおわびするとともに訂正する。

<筆者紹介>城所 岩生(きどころ いわお)
国際大学GLOCOM客員教授/米国弁護士

東京大学法学部卒、ニューヨーク大経営学修士・法学修士。1965 年NTT入社、1986年から米国現地法人の幹部を歴任した後、1994年退社。米国弁護士 (ニューヨーク州・首都ワシントン)、成蹊大学法学部教授を経て、2009年から現職。専門は情報通信法、アメリカ法。著書:「米国通信戦争」(1996年、日刊工業新聞社)、「米国通信改革法解説」(2001年、木鐸社)ほか。

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