【ネット時評 : 城所岩生(国際大学GLOCOM)】
ブック検索騒動で日本の書籍デジタル化は加速するか

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 前回前々回と、グーグル・ブック検索和解とそれに対する「異議申し立て」の論拠を述べた。だが、自分は書籍のデジタル化それ自体には反対していない。反対どころか、積極的に推進すべきと考えている。今回はその理由と、具体的にどう取り組むべきかについて解説したい。
 

ブック検索和解、各出版社の対応

 きっかけは、前々回の冒頭で紹介したように、筆者のところにも出版社から届いた和解についての通知だった。出版社の著作権者への対応にバラつきがあるようなので、同僚の大学教員、そして自分が顧問を務めている牧野総合法律事務所のスタッフの協力も得て、出版各社の対応についての事例を収集した。

 和解に参加するか否かは基本的には著作権者が判断する問題だが、出版社自身が出版権を持つ権利者としてどう対応するかを参考までに紹介しているところも多かった。その対応は下表のとおりである。

・ 積極的参加    3%
・仲間入り参加   18%
・不本意参加    37%
・上記以外の参加  16%
・中立(著作権者が判断すべき) 26%
・拒否        0%

注:上記のほか、中小の出版社98社が加盟する出版流通協議会は拒否を表明
出典:各社ホームページほか

 「不本意参加」というのは、憤りを感じつつ参加をする、というものだ。これに対し「仲間入り参加」と名づけたのは、デジタル化の方向は避けて通れないものであり、和解から離脱してしまうと蚊帳の外に置かれて、情報も入らなくなってしまうので、やむを得ず参加するという姿勢。「不本意参加」よりは前向きとはいえ、グーグルのサービスを積極的に評価して参加するものではない。

 全体で見ると4分の3が参加、そのうちの半数(全体の37%)が憤りを感じながら和解に参加する、としているのは、自分にとって意外なことだった。憤りを感じるなら異議申し立てをすべきだ。そう考えて、過去2回のコラムでその論拠を提案したわけだ。

 また、ブック検索サービスを前向きに評価して「積極的参加」するのは3%(1社)にすぎなかったのもやや意外ではあった。筆者個人としては、積極的参加がもっとあるのではと思っていた。自らの著作物がネットで幅広く流通することに魅力を感じる人は少なくないだろうからだ。

 そして、進め方について腕力(資金力)にモノを言わせた強引さがある点は否めないが、ブック検索が画期的サービスであることは間違いない。だからこそ、既存の業界秩序との間にあつれきを生んでいるとも言えるのである。


グーテンベルグ以上の大変化

 グーグルは世界中の情報を整理して、アクセス可能にすることを企業ミッションに掲げている。ウェブ情報の検索サービスはそのはじまりに過ぎなかった。設立3年目の2001年、グーグルの二人の創業者は、講演で「ネット情報に限らず、書籍、雑誌や新聞記事、そしてテレビ番組にもアクセスできるようにする」ことを明らかにした。

 書籍はウェブよりはるかに歴史も古く、しかも人類の英知が結集している。相当な割合でゴミ情報も含まれているネットより、はるかに良質の情報源といえる。しかし、すでにデジタル化され、ネットに公開されているウェブ情報と異なり、書籍はまずスキャンして、デジタル化することからはじめなければならない。それにはウェブ検索とは比較にならない多額な投資が必要となる。このためグーグルはこのプロジェクトを「自分たちにとっての月ロケット打ち上げ計画」と呼び、目標達成までの期間も、61年に米国のケネディ大統領が60年代終わりまでに人類を月面に着陸させる、と表明したのに習って10年としていた。

 この件については、昨秋の和解案発表時に「『ネットも本も』覇権握るグーグル」の標題で2回にわたって連載した(第一回第二回)。その最後で「今回の和解はグーテンベルグの印刷機発明に匹敵する快挙と評価する論者もいるぐらいの大プロジェクト」と報告した。

 かつて、コラムニストの歌田明弘氏は「本の未来はどうなるか」(中公新書、2000年)で、4世紀ごろに起きた巻き物から冊子体への本のスタイルの変化とグーテンベルグの活版印刷術による本の制作方法の変化の両方を足したよりもまだ大きな変化が起こっているといってもいいかもしれないと指摘している(4ページ)。いかに変化の早いインターネットの時代とはいえ、人類の歴史において1000年以上かかった変化をわずか10年で実現しようとするグーグルの試みは確かに気宇壮大である。


国会図書館の取り組み

 グーグル・ブック検索はわが国の書籍デジタル化の現状と比較してもはるか先を行っている。今年3月12日付け朝日新聞の「書籍 進まぬネット公開」と題する記事では、長尾真・国立国会図書館長がブック検索に対する不安を「強い危機感がある。図書館よりもグーグルを人々が頼るようになってしまう」と語っている。日本の場合デジタル化するのには著作権者の許諾が必要なため、著作権者を探し出し、許諾を得るために手間と費用がかかる。このため、国会図書館のデジタル化計画では蔵書の1.6%(約14万8千冊)しかネット公開できていない、と記事では伝えている。確かにグーグル・ブック検索では書籍の20%までネット経由で読めてしまう。もっとも図書館に行けば100%読めるのだから、足を運ぶメリットもなくはない。

 こうした状況を改善するため、国会図書館が著作権者の許諾なしにデジタル化できる対象を広げる著作権法改正が今年の国会に提出され、成立した。補正予算にも蔵書のデジタル化を加速するために前年比100倍の127億円の予算が計上されている。だが一方で、国会図書館ではデジタル化を進めるにあたり著作権者団体、出版者団体、大学および公共図書館をメンバーとする「資料デジタル化及び利用に係る関係者協議会」を設置している。今年3月に発表されたそこでの第一次合意事項には、作成するのは画像データでありテキスト化は今後検討すること、デジタル化の対象としては国内刊行雑誌を優先すること、閲覧利用は国会図書館の本館と関西館、東京・上野にある国際子ども図書館に限ること、同一文献に対する同時利用は、資料の所蔵部数を超えない範囲とする、作成したコンテンツは外部のネットワークと完全に遮断する、などの制限が記載されている(http://www.ndl.go.jp/jp/aboutus/digitization_agreement01.pdf)。

 国会図書館に気軽に行けるのは、首都圏と関西圏の人に限られている。せめて全国の公共図書館へのネット送信は認めるべきではないか。

 この話をあるセミナーでしたところ、文芸書籍は非常に出版部数が少なく、そのかなりの割合を図書館が購入していることも多いため、デジタルデータが全国の図書館に配信されると本が売れなくなってしまい、結果として出版社が文芸書を出版しなくなってしまうのでは、という指摘を受けた。

 この問題については、国会図書館の長尾館長が主張している電子図書館構想がひとつのヒントを投げかけている。これは、国会図書館に蓄積された電子図書データを電子出版物流通センター(仮称)を通じて提供するという構想だ。利用者は一定のダウンロード手数料をセンターに支払って閲覧することができる(データは一定期間のみ閲覧可能)。センター側ではそのダウンロード手数料を出版社や著作権者に還元していく。これによって図書館、出版社、著作権者の共存を図っていくのである。

 今回の著作権法改正にあたっては、衆議院で「国会図書館において電子化された資料については、図書館の果たす役割にかんがみ、その有効な活用を図ること」との附帯決議がなされ、参議院でも同趣旨の決議があった。せっかく法律を改正し、多額の予算を使ってデジタル化した蔵書が館外不出では、附帯決議の趣旨にも反する。 


書籍デジタル化対策は焦眉の急

 ブック検索和解の話に戻そう。今回の和解契約のメリットを享受できるのは、とりあえずは米国内でブック検索にアクセスするユーザーのみである。しかし、グーグルはホームページで今回の和解契約について「Googleでは将来的には各国の業界団体や個々の権利者と協力して、この和解契約がもたらすメリットを世界中のユーザーに広めたいと考えています。」としている。

 日本への参入が実現した時、読者が図書館よりもグーグルを頼るようになるとの長尾氏の抱く危機感が現実化するおそれは多分にある。まだ14万8千冊しかネット公開できていない国会図書館に比べて、700万冊をデジタル化、その大部分がネット経由では書籍の20%まで、図書館に行けば100%読めるというグーグルのサービスとの格差はあまりにも大きいからである。

 国会図書館のデジタル化計画への対応に見られるような守旧的なスタンスを続けているかぎり、ブック検索サービスが将来日本に参入してきた際にまた黒船騒ぎになることは目に見えている。今回の騒動を機に日本の出版業界はデジタル化対策に真剣に取り組むべきである。


紙とデジタルで新たなエコシステムを

 グーグルがすでにデジタル化した700万冊のうち、100万冊はパートナープログラムによって、出版社から提供してもらった書籍である。このパートナープログラムについては訴訟も提起されていない。今回の和解案の対象になっているのは、あくまで図書館プロジェクトによって図書館から提供してもらった書籍である。パートナープログラムについては日本でも出版社が参加すれば、読者は検索語の前後のスニペット表示だけでなく、書籍の20%まで部分プレビューできる。グーグルが書店での立ち読みに相当するとしているからである。デジタル化の予算も限られた中小の出版社は、このプログラムに乗ってデジタル化するのも一案である。流通コストが少ない強みを生かして、売れ筋以外の商品の売り上げを集積するオンライン小売のロングテール効果を狙えるからである。

 ロングテール効果によって今や日本一の書店となったのがオンライン書店のアマゾンである。アマゾンの提供する「なか見!検索」サービスは、本文内の言葉を検索し、一部分を「立ち読み」できるサービスだ。出版社が許諾した書籍のみをスキャンしている点では、グーグルの図書館プロジェクトよりもパートナープログラムに近いサービスといえる。以前、アマゾンの担当者は日経パソコンのインタビューの中で、なか見!検索で本の売り上げが脅かされるのではないか、という質問に答え「具体的な数字はいえないが、なか見!検索の導入後、書籍全体の売り上げにじわじわと底上げ効果が見られる」と述べている(http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20060417/235467/)。また、今年7月に開かれた日経デジタルコア勉強会によれば、このサービスを導入する出版社も増加しているという(http://www.nikkeidigitalcore.jp/archives/2009/07/post_202.html)。なか見!検索では本文中のあらゆる語彙・語句が検索対象となるため、従来の書誌情報や登録されたキーワードのみからの検索では、引っかからなかった書籍も探し出すことができる。それが売り上げ増につながることは容易に想像がつく。出版社がデジタル化を躊躇する理由の一つに紙の本が売れなくなるのではという危惧があるようだが、逆にデジタル化して検索可能にした方が読者の目にとまる機会も増え、紙の本の売り上げ増につながる可能性が出てくるわけである。

 紙とデジタルとによって、新たな読者、新たな市場を作り出すエコシステムを形成していくことを、出版社は真剣に考えていくべきだろう。

<筆者紹介>城所 岩生(きどころ いわお)
国際大学GLOCOM客員教授/米国弁護士

東京大学法学部卒、ニューヨーク大経営学修士・法学修士。1965 年NTT入社、1986年から米国現地法人の幹部を歴任した後、1994年退社。米国弁護士 (ニューヨーク州・首都ワシントン)、成蹊大学法学部教授を経て、2009年から現職。専門は情報通信法、アメリカ法。著書:「米国通信戦争」(1996年、日刊工業新聞社)、「米国通信改革法解説」(2001年、木鐸社)ほか。

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■米マイクロソフトなど3社、グーグルの書籍デジタル化に反対する団体に加入へ-本が怖い??
こんにちは。グーグルの書籍デジタル化は、画期的ではありますが、風当たりも強いようです。私自身は、本恐怖症(多量の本により、日常生活空間を侵害されるのではないかという恐怖を抱く症状)なので、デジタル化は大賛成です。現在ITが発達したため、書籍そのものは、非常に効率の悪い媒体になってしまいました。かといって、従来のインターネットの情報は系統的ではなく、いわゆるジャンク情報が満載です。やはり、書籍のデジタル化でこのあたりを早めに解消する必要があると思います。そうした意味では私はGoogleの書籍デジタル化は一つの方法であり、これからも強力に推進すべきものと思います。もう本格的な知識社会が形成されるようになったので、これから書籍恐怖症の人がどんどん増えていくと思います。詳細は是非私のブログをご覧になってください。

投稿者 : yutakarlson 2009-8-23 10:02

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