【ネット時評 : 鬼木 甫(大阪学院大学)】
日本版FCCに期待 振興・規制分離し消費者本位の政策を

 民主党政権が誕生し、その政策が次第に輪郭を現してきた。IT分野では、通信・放送行政を総務省から切り離して独立行政委員会とする、いわゆる「日本版FCC構想」をめぐり、早くも賛否両論が巻き起こっている。

 情報通信政策について長年経済学の立場から研究を続けてきた大阪大学名誉教授の鬼木甫氏は、消費者本位の観点から日本版FCCに賛成の声を上げている一人。しかし拙速は禁物という。同じように注目される電波オークション問題とともに、意見を聞いた。
 

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――まず、日本版FCCの創設については、賛成・反対どちらの立場ですか。

自分は明確に賛成派だ。決して米国のマネをしろ、というのではないが、米国のFCC(連邦通信委員会)や英国のOfcom(通信庁)に学ぶ点は多い。その一つが、消費者本位と競争重視の姿勢だ。

規制は中立公正に行われるべき、というのは当然だが、何を目的とした中立公正か、ということも考えなくてはいけない。FCCやOfcomには「消費者・国民の利益を守る」という基本スタンスがある。企業に比べて消費者の立場は弱く、独占状態による高価格を放置しておくわけにはいかない。そこで規制が必要になる。通信や放送が社会インフラである以上、国民の誰もがそれを利用できるようにする「ユニバーサルサービス」も維持しなくてはならない。他方で公平な自由競争を促進し、優れた通信・放送サービスの実現をはかる。そうすることが、長期的に産業の発展につながる。これがFCC・Ofcomが本来目指している姿だ。

これまでの郵政省、総務省による通信・放送行政は、完全に事業者寄りだった。おかげで携帯もブロードバンドもここまで発展したのかもしれない。しかし次の発展段階に到達するためには、消費者に選択の自由を保障し、開かれた競争環境を実現していくことが不可欠だ。事業者を後押しするための組織が、その役割を適切に果たせるだろうか。戦略的に産業を振興する総務省と、消費者本位の視点からそこに中立公正な判断を加える日本版FCCと、2つの組織がバランスを取りながら政策を進めていくのが理想的ではないか。つまり、通信・放送行政のすべてを日本版FCCに移行するのではなく、振興の機能は総務省に残す、というのが自分のアイデアだ。

規制、すなわち「レフェリー」としての権限と、振興のための予算や補助金とは水と油の関係だ。ひとつの組織が両方持つのは本質的に無理がある。


――独立組織を作ると「暴走」してしまうのではないか、という懸念があります。

確かにそれはある。現在通信・放送行政に携わる人たちは、ほとんどが高い倫理意識を持って職務を遂行していると思う。そこには、大組織に特有の相互チェック作用も働いてきたのだろう。規制に関係する部門だけが切り取られて独立組織になった場合、その相互チェックが効かなくなり、不公正な行動に走ってしまうのではないか、という懸念は当然だ。

そうならないように、入念な準備が必要となる。拙速は危険だ。独立組織をチェックする法規定や、組織形体が整備されなくてはならない。FCCやOfcomでは、規制の目的・原則だけでなく、権限や手続きが法律で詳しく定められている。これらに加え、他国の事例まで幅広く研究し、チェック体制がどうなっているのか、人事や職員の行動をどう律しているのか、といった情報を収集し、「独立規制」が効果的に働くための前提条件を明らかにしていく必要がある。その上で、日本ではどのようなメカニズムが有効に作用するかを考えるべきだ。最低でも、一、二年の準備期間を要するのではないか。


――新政権は日本版FCCには積極的ですが、電波オークションの導入にはやや慎重な姿勢が見てとれます。

自分は電波オークションについても賛成派だ。オークションの失敗事例として、価格が高騰しすぎ、落札した事業者が結局サービスを開始できない、という事態に陥るケースが伝えられているが、それはほんの一部にすぎない。電波オークションの採用に踏み切っているのは、OECD(経済協力開発機構)加盟30カ国のうち、23カ国にのぼる。実施していないのは日本のほか、アイスランド、アイルランド、スペイン、フィンランド、ポーランド、ルクセンブルグの7カ国。さらに、非加盟国でもインドやブラジル、マレーシアや台湾など20カ国ほどが導入しており、タイも先ごろ採用を決めた。国際的に見て、電波オークションはすでにあたりまえの政策手段になっている。

これだけの例があっても、やはり新しい取り組みには不安があるかもしれない。しかし後発のメリットを生かし、各国のケースから多くを学ぶことができるはずだ。政府がいたずらに収入増を図って事業者、ひいては利用者に負担を強いることをどう防ぐか、電波を効率的に利用していくための工夫など、急がずに、しかし着実に検討し、実現していくべきだ。

オークションには、業界への新規参入を促し、またそのための技術開発も促す、というメリットがある。総務省は2005年に、1.7Ghz帯と2Ghz帯での携帯電話新規参入を3社に認可したが、計画通りに事業を開始できたのは1社(イー・モバイル)だけだった。ソフトバンクのボーダフォン買収は予測できなかっただろうが、やはり身体検査だけでオリンピック選手を決めるようなやり方には無理がある。


――現行の電波利用料制度についてはどうお考えですか。

現在の電波利用料は経済的価値からかけ離れており、電波の効率的利用とは無縁の存在になっている。そこが一番の問題だ。電波とはいわば「無形の不動産」だ。土地を借りると借地料を支払い、不動産会社に手数料を支払う。今の電波利用料制度では、この手数料だけ払って、肝心の借地料を納めていないのと同じだ。

しかも、その手数料が非常に不透明になってきている。日本の電波利用料制度は1992年にスタートしたが、この名目はあくまで不正電波監視や免許データベースの管理などのための「事務手数料」だった。携帯電話も電波を発する無線局だから、政府が1台1台の免許を管理し、1台につき当初年間600円という電波利用料を課していた。この段階では、電波利用料の多くの部分がこの作業に当てられていたのだと考えられる。だが、その後の携帯電話急増を受け、97年からは携帯電話事業者が免許を管理する「包括免許制度」に切り替えられた。これ自体は行政の合理化として評価できるが、政府に納められる電波利用料は600円から540円に下げられただけだった。作業の大幅な軽減が見込めるのに、その手数料が10%しか変わらなかったのは腑に落ちない。現在は250円まで下がっているが、手数料としてはやはり高すぎる。

一方で、これが電波の経済的価値を反映しているのか、と言われれば、それも疑問だ。もしオークションを導入したなら、現在の電波利用料を大きく上回る収入が見込める。

つまり、手数料として見れば高すぎ、経済的価値と見れば安すぎる。それが現在の電波利用料制度で、まるで「事務手数料を偽装した電波税」のようになっている。公正で合理的な制度に改めなくてはいけない。

また、この利用料は形式的には一般会計だが、実質的にはすべて総務省が電波行政のために使う特定財源だ。恣意的に使っているとは言わないが、その支出が適正であるかを厳しくチェックする必要がある。特定財源だから受益者負担の原則が守れる、とする考えもあるかもしれないが、電波利用料の大半を負担している携帯ユーザーからすれば、それが地デジ移行のために使われるのは納得いかないはずだ。公正な支出を実現するため、手数料を超える電波利用料は実質的にも一般会計収入とし、電波関係の政策予算はそこから賄うようにしてはどうか。また電波の新規割当にはオークションを導入し、既に割り当てている分にはオークション価格に相当する「電波賃貸料」を課していくことが望ましい。それが電波利用の効率化を図るための早道だ。

■参考リンク
鬼木氏の個人サイト:
http://www.ab.auone-net.jp/~ieir/jpn/specauc/index.html

(聞き手は日経デジタルコア 市毛勇治)

<筆者紹介>鬼木 甫(おにき はじめ)
情報経済研究所 所長/大阪大学・大阪学院大学名誉教授
1958年東京大学経済学部卒業、東京大学大学院を経て、1968年スタンフォード大学修了(Ph.D.)。1964年同大学数理経済学研究所員、東北大学助教授、ハーバード大学助教授、(カナダ)クイーンズ大学准教授、大阪大学社会経済研究所教授・所長を経て、1996年より大阪学院大学経済学部教授。2009年退職し、情報経済研究所を設立。著書に『電波資源のエコノミクス――米国の周波数オークション』(2002年、現代図書)ほか。

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