【ネット時評 : 城所岩生(国際大学GLOCOM)】
グーグル和解問題に見る米国のしたたかな国家戦略

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 ネットで膨大な数の書籍を検索・閲覧できるようにする「グーグル・ブック検索」に対する、著作権物の権利者からの和解への参加、拒否、異議申し立ては9月8日に締め切られたが、全世界から400以上の意見が提出された。両当事者は1カ月間でこれらの意見すべてを咀嚼(そしゃく)するのは難しいので、10月7日に予定されていた公正公聴会を延期するよう申し出た。ニューヨーク州南部地区連邦地裁のチン判事は、これを受け入れ、10月7日は公聴会ではなく、今後のスケジュールについて打ち合わせることになった。
 

 10月7日の会合では、11月9日までに修正和解案を提出すること、12月終わりから1月はじめの間に公正公聴会を開催することなどが決まった。


世界から寄せられた意見
 

 全世界から集まった意見の内訳は表1の通りで、権利者以外からは賛成意見の方が多かったが、権利者からは反対意見が圧倒的に多かった。米国外からも多くの意見が寄せられ、国別に見ると表2のように欧州諸国が多く、日本からは7件提出されている。


 

 筆者は、以前このコラムで2回にわたり「異議申し立て」を勧めた(「グーグル・ブック検索和解『異議申し立て』のすすめ」http://it.nikkei.co.jp/business/netjihyo/index.aspx?n=MMITs2000030042009、「グーグル・ブック検索和解『異議申し立て』再考」http://it.nikkei.co.jp/business/netjihyo/index.aspx?n=MMITs2000012062009)。そして自らも権利者の一人として、顧問を勤める牧野総合法律事務所(東京都新宿区)の牧野二郎弁護士と共同で異議を申し立てた。それが日本から提出された7件のうちのひとつだ。


 
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出典:米国図書館協会ワシントン事務所(American Library Association Washignton Office)のウェブサイト(http://wo.ala.org/gbs/the-google-books-settlement-who-is-filing-and-what-are-they-saying/)より
※このサイトは裁判所に提出された意見をとりまとめているため、和解への参加拒否(オプトアウト)については把握していない(参加拒否は裁判所ではなく、和解当事者に対して行えばよい)

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出典:ニューヨーク・ロースクールがグーグルブック検索和解について議論するために関連情報をデータベース化したウェブサイト(http://thepublicindex.org/documents/responses)より集計

 表1の出典となった調査ではさらに、主要な意見提出者の賛成もしくは反対の理由も紹介している。賛成理由では「利用者寄り」であるというのが最も多く(27件中22件)、反対理由では「権利者寄りでない」というのが最も多かった(45件注23件)。米国外の権利者(クラス構成員)からの反対意見が多いのは、米国以外ではなじみの薄い集団訴訟の制度とベルヌ条約の合わせ技で和解の効力が及ぶことが今春、晴天の霹靂のように突如判明したことから当然とも言える。しかし、集団訴訟は日常茶飯事で、1年前の和解案発表時から自分たちに影響が及ぶことがわかっていたはずの米国内の権利者からも多くの反対が寄せられたのは予想外だった。


司法省、修正の上和解成立を促す

 それよりも意外だったのは、裁判所の求めに応じて、9月18日に提出された米政府(司法省)の意見である。多くの、特に米国外からの反対意見にもかかわらず、米国外の権利者の利益も視野に入れて和解成立の方向に導くよう裁判所に要請している。その政府意見の概要を紹介する。32ページにわたる意見は、まず、前書きの部分で以下のように述べている。

 
和解案はわれわれの知るかぎり過去最大の集団訴訟の一つに対するものなので、こうした野心的な試みがもたらす難しい法的問題のすべてを、両当事者が予想できなかったことは想像に難くない。しかし、両当事者が修正和解案を提出することを示唆しているので、政府は修正について両当事者と建設的に取り組むことを約束する。政府は出版、絶版を含む著作権のある作品や孤児作品(訳注:権利者不明の作品)の電子的流通のための活気ある市場を支持する。和解案は現在一般大衆の目に触れない何百万冊もの書籍に息を吹き返させるものである。著作権の現状や絶版本の著者を明確にする版権レジストリの設立も歓迎すべき展開である。
 

 次いで「しかしながら、和解案の広範さは重大な法的問題を提起する」とした上で、訴訟法および独占禁止法に違反する可能性を指摘している。前書きの最後には、以下のような指摘がある。

 
裁判所の決めるべき問題は、和解案を承認するか却下するか、であると合衆国は認識している。既に提起された懸念に対して、両当事者が議論を続けると表明していること、そうした議論が、裁判所が法的に認めるような和解へとつながる可能性があることを考慮すると、裁判所は両者の議論を継続させること、和解案の改善点を方向付けすることが、公共の利益にもっともかなうものと思われる。本件の適正な和解によって重要な社会的便益が生まれるため、合衆国政府は、その機会や勢いが失われることを望むものではない。
 

政府も認識しているとおり、本件を裁くニューヨーク南部地区連邦地裁のチン判事はイエスかノーかを答えるだけでもよいのである。その場合、これだけ大きな法的問題を含んでいる和解案に対して、そのままの形でのイエスはありえないので、回答はノーとならざるをえない。そこで、政府は和解案に修正を加えて、和解成立の道を探るよう判事に要請しているのである。

 

 続いて、「重大な法的問題」としたうちの1つ、外国の著作権者にもっとも関係が深い訴訟法上の問題に対する意見を述べている。

 
 連邦民事訴訟規則第23条は、集団訴訟の和解に対して、訴訟に参加していないクラスメンバーの利益が、参加メンバーの利益と異なる場合に、彼らの権利が十分保護されることを求めている。つまりクラスが適切に代表されていること、そして、和解が公正、合理的かつ適切であることを要請している。
 

 そして「現在の和解案はこの要件を満たしていないと政府は判断する」と指摘し、グーグルが著作権者の許諾を得ずにスキャンした過去の行為についての補償になるだけでなく、版権レジストリを通じて訴訟に参加していないメンバーの作品を使用する将来の行為まで許諾してしまう問題、および訴訟に参加していないクラスメンバーの利益を代表していない問題について、和解案を修正する必要があるとした。不参加のクラスメンバーの代表は孤児作品の著作者と米国外の権利保持者である。このうち米国外の権利者について以下のように述べている。

 
 和解案は外国の作品にも影響を及ぼす。現行法では外国の作家は米国の権利者と同じような方法で著作権を登録する必要はない。彼らの多くは米国で作品を出版したこともないし、会員規約で外国の著作権者を除外している作家協会や全米出版社協会の会員でもない。彼らの利害はクラス構成員の利害と異なる可能性が高い。フランスやドイツの意見が明らかにしているように、米国の通商相手国は和解案が外国の作家への適用されることに懸念を抱いている。両当事者はこうした外国の権利者の利益を守るための十分な代理をしていない。従って和解案は広範囲の作家や出版社、一般大衆に全体的な便益を提供するものではあるが、現時点では、不在のクラス構成員の利益を適切に代理しているとは言えない。こうした懸念に応えるべく、和解案を修正する努力を両当事者は継続すべきである。

 米国はもともと登録によって著作権が発生する方式主義を採用していた。1886年に成立した著作権に関する基本条約であるベルヌ条約では、著作権は創作時に発生し、登録などの方式(手続き)を必要としない無方式主義が採られている。このため、米国は1989年にベルヌ条約に加盟する際に権利発生要件としての登録制度は廃止した。しかし、任意登録を認めるとともに登録に訴訟法上のメリットを与えるなど、登録のインセンティブを残している点で、他のベルヌ条約加盟国とは異なる。

 米国外からの意見は表2のとおり、欧州諸国が多い。このうち政府として意見を提出したのはドイツとフランスのみだった。内弁慶の日本政府が意見を提出する可能性はそれほど高くないと思ってはいたが、司法省の意見書の中で、海外からの意見については民間ではなく政府の意見しか引用していない点からも、米国政府にインパクトを与えるには政府レベルのアクションが必要だったことが裏付けられる。政府が意見を提出したフランスの6件を上回る、7件の意見が民間から提出されていることから、この問題に対する日本国民の関心の高さもうかがえる。日本政府が今後の対応を考える際にぜひ考慮してもらいたい点だ。

 

 次いでもうひとつの「重大な法的問題」、独禁法上の問題を指摘した後、付加的考察を加え、以下の文章で結んでいる。

 グーグルはこのプロジェクトを、誰でもいつでもどこでも、歴史および文化の偉大な作品を探索するためのツールをもつべきである、という前提で始めた。和解案がどのように修正されようと、このアプローチは引き続き核心となるべきものである。

 グーグルの企業ミッションは地球上のあらゆる情報をアクセス可能にすることにある。この壮大なミッションは貫徹すべきだとのエールを送っているわけである。

 

 結論として「裁判所は現在の形での和解案は却下し、両当事者が和解案の訴訟法、著作権法、独禁法の問題を解決する方向で修正する交渉を継続させるべきである」と結んでいる。


「夢よ再び」ねらう米国政府

 10月7日の会合で、両当事者は11月9日までに修正した和解案を提出することを約束した。わずか1カ月でこうした難問に答える和解案を提出できるかは予断を許さない。にもかかわらず、米政府がここまで和解成立に前向きな理由は何だろうか。

 

 その解は米国のしたたかな国家戦略である。

 

 90年代にITは米国経済のけん引役となった。IT革命によって生産性は劇的に向上し、ついには景気循環を乗り越えるまでに至るという「ニューエコノミー論」まで語られるようになった。

 

 サブプライム問題以降、地盤沈下を続ける米国経済。「夢よ再び」で、今回もグーグルなどのIT企業に経済復活の救世主になってほしい、という米国政府の願望が、この意見書からは透けて見える。

 

 いよいよ、この件は高度に政治的な問題となってきた。では、わが国は今何をしなければいけないのか。それについて次回考えてみたい。キーワードは「フェアユース」である。

<筆者紹介>城所 岩生(きどころ いわお)
国際大学GLOCOM客員教授/米国弁護士

東京大学法学部卒、ニューヨーク大経営学修士・法学修士。1965 年NTT入社、1986年から米国現地法人の幹部を歴任した後、1994年退社。米国弁護士 (ニューヨーク州・首都ワシントン)、成蹊大学法学部教授を経て、2009年から現職。専門は情報通信法、アメリカ法。著書:「米国通信戦争」(1996年、日刊工業新聞社)、「米国通信改革法解説」(2001年、木鐸社)ほか。

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