【ネット時評 : 城所岩生(国際大学GLOCOM)】
グーグル問題が浮き彫りにした「電子図書館後進国」日本

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 今年の春、日本の出版界に衝撃を与え、以来大きな議論を巻き起こした「グーグル・ブック検索」和解問題。著作権者側、グーグル側の両当事者は10月7日に開かれたニューヨーク州連邦地裁での会合で、11月9日までに修正和解案を提出すると約束していた。その期限は11月13日まで延期され、同日の真夜中、日付が変わる直前に出された。修正和解案(以下、修正案)は、世界中から提出された400以上の異議申し立て・意見および司法省の意見を反映して(以前のコラム「グーグル和解問題に見る米国のしたたかな国家戦略」参照)、以下のような修正を加えた。
 

和解案の修正点

<集団訴訟関連>
 対象著作物を2009年1月5日までに出版され、米国著作権局に登録された著作物および英国、カナダ、オーストラリアで出版された著作物に限定した。これによって、これ以外の国の著作権者は、著作物を米国著作権局に登録していないかぎり、集団訴訟のクラスメンバーではなくなった。日本を含む外国の著作権者にとっては最大の修正点である。旧英連邦諸国を対象としたのは、法体系や出版業界の慣行が類似していることを理由にあげている。確かに旧英連邦諸国は、大陸法とともに世界の2大法体系を形成している「英米法」を採用している。

<独禁法問題関連>
 ①価格支配問題については、当初案よりも権利者に価格交渉権を与えた。②デジタル化した書籍を一元管理するという版権レジストリが、グーグルより好条件を第三者に与えた場合、グーグルにもその条件を適用する「最恵国待遇条項」を撤廃した。③米国のみだった版権レジスト委員に英国、カナダ、オーストラリアの作家および出版社の代表も加えた。

<孤児作品問題>
 当初案は権利者が和解に参加したいと意思表示すれば集団訴訟の構成員となるオプトイン方式ではなく、離脱したいと意思表示しないかぎり集団構成員となるオプトアウト方式を採用した。孤児作品とは権利者の死亡などにより権利者が不明な著作物だが、離脱の意思表示をする権利者がいないため、自動的に和解に組み込まれてしまう。当初案は孤児作品の利用権をグーグルに付与した結果、グーグルが孤児作品を事実上独占してしまう問題が生じた。修正案もオプトアウト方式を踏襲したため、孤児作品も和解に組み込まれる点は変わらないが、独占の批判を回避するため、グーグル以外の第三者も利用できるようにした。孤児作品の利用から得られた収益についても、当初案は請求した権利者に分配するようにしていたが、修正案は権利者には分配せず、読み書き関連の慈善団体に寄付することとした。

 修正案はこのように多くの重要な修正を行っているが、当初案の基本的枠組みは変えていない。


今後のスケジュール

 ニューヨーク州連邦地裁は11月19日、修正和解案を仮承認した。同時に異議申し立て、離脱、意見の提出期限を2010年1月28日までとし、2月28 日に公正公聴会を開催すると発表した。その後、司法省の意見提出期限を2月4日までとした。

 修正案が正式に承認されるかどうかは、修正案に対してどのような異議申し立てや意見が出されるか、それらにもとづいて司法省がどのような意見を提出するかにもよるので、現時点では何ともいえない。しかし、グーグルがすでにデジタル化した1200万冊のうち、約半分の600万冊が英文書籍といわれている。修正案が承認されれば国会図書館の和漢書蔵書数656万冊に迫る世界最大の電子図書館が誕生することになる。


国会図書館の書籍デジタル化計画

 ひるがえって、わが国の電子図書館構想はどうなっているだろう。国会図書館のデジタル化計画では、デジタル化するのに著作権者の許諾が必要なため、著作権者を探し出し、許諾を得るための手間と費用がかかる。このため、蔵書の2%に満たない15万6千冊しかネット公開できていない。今年の著作権法改正で、国会図書館が著作権者の許諾なしにデジタル化できる対象は広がった。補正予算にも蔵書のデジタル化を加速するために前年比100倍の127億円の予算が計上されている。これにより1968年までの図書、雑誌等90万冊を2年間でデジタル化する。

 国会図書館はデジタル化を進めるにあたり、著作権者団体や出版者団体など関係者との協議会を設置した。そこでの合意事項には、①作成するのは画像データでありテキスト化は今後検討する②閲覧利用は国会図書館の本館と関西館などに限る③作成したコンテンツは外部のネットワークと完全に遮断する――などの厳しい制限が課されている。著作権切れの書籍だけでなく、デジタル化した書籍の7割を占める絶版書籍もネットで自宅から閲覧できるグーグルの書籍検索サービスとの格差はあまりにも大きい。

 長尾真国会図書館長は、11月28日に明治大学法科大学院が開催した「知的財産法の未来」シンポジウムで「図書館のデジタル化に伴う諸問題」について基調講演し、IT時代に望まれる著作権法として、①万人が読者兼著作者である時代であるから、著作物の相互利用を促進すべきである②(権利者不明の著作物を利用しやすくする)文化庁長官の裁定手続きを簡単にする③著作権者データベースを作り、これに登録していない著作者の作品は孤児出版物とみなす④フェアユース規定の導入⑤許諾権から報酬請求権へ、さらに名誉権へ――などを掲げた。

 記録をひもとくと、1999年10月31日付の朝日新聞によれば、同社が主催した「デジタル世紀の著作権」シンポジウムでの基調講演でも、当時京大学長だった長尾氏は報酬請求権化などの提案を行っている。さらにその5年前、94年には岩波書店から「電子図書館」を出版、以前このコラムで紹介した電子図書館構想(「ブック検索騒動で日本の書籍デジタル化は加速するか」参照)の原型となるシステムを作成中と説明している(124ページ)。

 94年といえば検索エンジンが日米で誕生した年だ。そして、フェアユース規定の有無がその後のサービス普及の明暗を分けた(「国家戦略の視点でフェアユース導入議論を」参照)。音楽ネット配信サービスでも、技術的にはソニーがアップルより先行したようだが、ソニーは厳格な著作権管理システムを採用したため、緩やかなシステムを採用した後発のアップルに抜き去られてしまった。音楽事業会社を抱えているソニーは、厳格な著作権管理システムを採用せざるを得なかったという事情もあった。しかし、フェアユース規定もなく、権利者寄りの著作権法に守られているわが国では、ユーザーの利便性を重視した緩やかな著作権管理という発想自体が出にくかったのは想像に難くない。

 
ここにも「失われた10年」問題

 グーグルが電子図書館構想を発表したのは2004年なので、長尾館長はその10年前に電子図書館構想の原型となるシステムをつくっていたことになる。今回の訴訟の和解案がデジタル化した書籍から得られる収入を分配するために設立しようとしている版権レジストリも長尾構想に類似しているが、長尾館長はこの構想を和解案発表半年前の08年4月に出版学会で発表している。電子図書館構想も、技術や構想は米国より先んじたにもかかわらず、法制度の壁に阻まれて果実は米国勢に持っていかれるおなじみのパターンだったわけである。

 国会図書館が著作権者の許諾なしにデジタル化できる対象を拡大した今年の著作権法改正には、まず衆議院で「国会図書館において電子化された資料については、図書館の果たす役割にかんがみ、その有効な活用を図ること」との決議が附され、参議院でも同趣旨の附帯決議がなされた。せっかく法律を改正し、多額の予算を使ってデジタル化した蔵書が館外不出では、附帯決議の趣旨にも反する。国会図書館に気軽に行けるのは、首都圏と関西圏の人に限られているため、地方住民の「知る権利」の保障という観点からは憲法違反のおそれすらある。こうした状況を改善するため、今年11月に日本文芸家協会や日本書籍出版協会などが、「日本書籍検索制度提言協議会」を設立、国会図書館所蔵の和書をデジタル化し、著作権者の許諾を得て、ネット配信する仕組みを来春をめどに検討することとした。

 海外の動きはどうか。欧州連合(EU)は08年11月に欧州デジタル図書館(Europeana)を開設した。09年8月には、各国から提供を受けたデジタル書籍数460万点がEU内に存在するデジタル書籍の5%にとどまることから、2010年までに所蔵規模を1000万点に拡大すると発表。グーグル和解修正案発表後の11月には加盟国の文部大臣が集まって、デジタル化に伴う著作権問題などについて話し合った。グーグル和解により、科学、教育関連資料や欧州の文化遺産へのオンラインアクセスについて、大西洋の東西での格差が拡大することから、同種のプロジェクトを早急に展開する必要があるとし、欧州デジタル図書館への協力強化を呼びかけた。韓国は今年5月に世界初のデジタル専門図書館を開館、中国も国家図書館の新館として国家デジタル図書館を08年に竣工させた。

 国会図書館の柳与志夫電子資料課長は「国としての方向性もなく、それぞれの担当者や組織の思惑で試行錯誤している日本の状況を見ると、スピードが第一のこれからの出版・メディア界の中で、出版コンテンツ事業の分野での立ち遅れが心配である。」と指摘している(Journalism 09年6月号)。

 電子図書館構想を自社にとっての「人類を月に送る計画」と位置付け、期間もケネディ大統領の計画と同じ10年での達成をめざして突き進むグーグル、グーグルの独走は許すまじと懸命に追いかけるEUやアジア諸国。わが国の関係者がこの際、小異を捨てて大同につかないかぎり電子図書館後進国への道は避けられない。

<筆者紹介>城所 岩生(きどころ いわお)
国際大学GLOCOM客員教授/米国弁護士

東京大学法学部卒、ニューヨーク大経営学修士・法学修士。1965 年NTT入社、1986年から米国現地法人の幹部を歴任した後、1994年退社。米国弁護士 (ニューヨーク州・首都ワシントン)、成蹊大学法学部教授を経て、2009年から現職。専門は情報通信法、アメリカ法。著書:「米国通信戦争」(1996年、日刊工業新聞社)、「米国通信改革法解説」(2001年、木鐸社)ほか。

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