【ネット時評 : 坪田知己(日本経済新聞社)】
世の中の「システム」を疑え

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 世の中はシステムの複合で成り立っている。民主主義、会社、家庭、学校…みんなシステムだ。しかし、旧来型のシステムが変容している中、人間はそのシステムに支配されていることにすら気付いていない。システムの「奴隷」であることに疑念も抱かず、奴隷であり続ける。人間とは結局、システムの奴隷なのか?そうは思いたくない。人間が主役であるために、システムは改革されるべきなのだ。
 

3冊の共通テーマ

 会社員として真面目に勤務するかたわら、自分の「思い」を世の中に投げかけようと、2009年9月に『2030年 メディアのかたち』を上梓した。ITに関わって約30年。自分が考え、実行してきたことのすべてを注ぎ込んだメディア論だ。

 さかのぼって1994年4月には『マルチメディア組織革命』を上梓した。これは電子メッセージが飛び交う時代には、組織はコマンド駆動型から、ビジョン駆動型に変わっていくだろうという予言で、世の中はその方向に動いている。これは組織論だった。

 2010年4月出版予定で、いま『さかさま思考で生きろ~実践・創造的サラリーマン術』(仮題)を書いている。15年間も好きなことだけをやってきた、超例外のサラリーマンだったことのヒミツを暴露しようというもの。いわば人間論。

 先日、ある人に「3冊の共通テーマは何ですか?」と聞かれた。一晩考えて、それは「システムへの疑念」であるという結論を得た。


ピラミッド構造は永遠か?

 最初の『マルチメディア組織革命』を書いたとき、「会社のビラミッド型構造(ヒエラルキー型ともいう)は永遠か?」というテーマに挑んだ。「飯を食わせてやるから、いうことを聞け」というとヤクザの親分のような言辞だが、基本的に会社組織はその相似形だ。

 会社に入ったのは、その会社を通じて自分のやりたいことをやるのが目的だからではないのか。だから、その会社の理念に共鳴するのが第一だ。会社の理念実現と、自分の社会貢献とをシンクロさせて、気合いの入った仲間とのチームワークで協働できたら、なんと素晴らしいか。

 パソコン通信でだれもが自由に情報を取れるようになることで、ピラミッド構造の条件である情報独占が崩れるとみた。私の見立ては狂っていなかった。情報独占型の企業は次々につぶれた。2006年には『ウィキノミクス』(ドン・タプスコット/アンソニー・D・ウィリアムズ著、日本語版は07年刊行)という本が出たが、そこで紹介されている会社は社外の知恵をネットワークで取り入れて成長している。当然のことだ。

 それでもまだピラミッド構造が大多数を占めているのは、人間の「他人を支配する欲望」によるものだと、私はみる。人間は他人に支配されたくないと思いながら、支配するポジションに就くとその快感におぼれてしまう。平社員が管理職になった時がそれだ。自分自身は経営陣に支配されているのに、部下を支配することで一種の自慰を行う。役員の前ではぺこぺこ、自分の課では机に脚を投げ出して…というような人はどの職場にもいるものだ。


メディア企業は永遠か?

 『2030年 メディアのかたち』のテーマは、「1対多」のマスメディア時代が逆転して、「多対1」のマイメディア、あるいはエージェント・メディアの時代が来るというもの。大新聞や民放キー局の独占的支配の構造の終焉(しゅうえん)を予言した。

 「情報はだれにも共通の価値がある」というのは、マスメディアが振りまいてきた虚像だ。情報は人によって必須ののものになったり雑音になったりするし、場所や時間によっても価値は変動する。「いま、ここで、私が」欲しい情報をピンポイントで届けるのがメディアの使命ではないか――1990年代の後半にこの構想にたどり着き、以来様々な検証をしてきて、この結論が完璧だと確信し、本にした。

 なぜ、マスメディアは恐竜のように肥大化したのか。ベースは技術的要件にある。大衆に情報を一度に伝達するには多額の資金が必要だ。高速輪転機、販売網、スタジオ、電波塔、そして電波の免許。それが、情報交換は基本的にタダというインターネットの登場で一気に不良資産になった。早く捨てなければ、会社ごと潰れてしまうかもしれない。

 ここへきて、ニュースを有料化するために、既存メディアがカルテルを結ぼうと真剣に語っている人たちがいる。「既得権益にメスを」などと報道しておいて、自分たちの既得権益を守ろうとする姿勢にあきれかえる。そんなことをすれば世論の猛反発を食らって、死期を早めるだけだ。

 既存メディアの衰亡の一方で、ネットジャーナリズムに様々なパターンが生まれ、戦国時代の様相を呈している。その中である種の標準を見つけたグループが浮上していくだろう。


民主主義というシステムの黄昏

 2009年は、戦後初めて本格的な政権交代が起こったことで、政治が復権したようにも思える。しかし、ドタバタだ。政権を取るためにばらまいた幻想と、不景気で税収不足という現実の狭間で、民主党はもがいている。

 「マニフェストを守る」という首相の言葉に、「誰もマニフェストを信じて投票したんじゃないよ。ただ自民党が賞味期限切れになったから」と多くの国民は思っているに違いない。

 12月7日に東京大学で開かれたウェブ学会(http://web-gakkai.org/)のシンポジウムで、鈴木健氏が面白いアイデアを話した。

 彼は「1人1票」という現在の選挙制度に疑問を呈した。国際問題がX党のAさん、年金問題はY党のBさん…というように、自分の権利を10とか100とかに分割して投票すればいい。電子投票なら処理も簡単だ――というのだ。

 もう1人、研究仲間でもある濱野智史氏は「初音ミク、出馬せよ」と題して、議員が人間である必要はなく、バーチャルな存在で、その行動が完全に透明化される――という提案をした。

 一見「破天荒」と思われるアイデアだが、民主主義とは何かという本質的な問題に、この2つの提案は切り込んでいる。民主主義の根本は「民意の反映」なのだが、既存システムはそこにまやかしを持ち込んでいる。それが4年に1度の「一人一票」であり、議員という人格による背信だ。

 現行の選挙制度ではやっていけなくなり、やがて鈴木氏、濱野氏の提案のような改革で民主主義を延命させる方向に行くだろう。そうでなければ、暴動が起き、独裁者が登場するというとんでもない結末もありうると、私は恐れている。


自律する個人の社会はありうるか?

 人間の社会にとって最大のテーマは「自律する個人が構成する社会は実現するか?」だと思う。いまのところ、その実現性はかなり低いと思わざるを得ない。

 「人間はシステムの奴隷になることが好きだ」と言ってしまえるほど、妙にシステム依存の人が多い。その方が楽だからだ。「寄らば大樹の陰」はまさにそれ。「ゆでガエル現象」はそれへの警鐘だ。

 振り返って考えてみる。我々は何のために一生を持っているのかと。

 黙々と仕事をし、家族を養う人生。それも価値がある。しかし、もっと自由に、もっと楽しい人生を過ごしたくはないのか。また子孫にそういう世の中を残したくはないのか。

 いまは「格差社会」と言われる。格差の原因は何か。努力しない人がハンディを持つのは仕方がない(セーフティネットは必要だが)。しかし、努力が報われない社会は間違っている。ここにもシステムの欠陥がある。

 自律することはリスクを伴うし、厳しいことだ。しかし自律する仲間が助け合って、自由で楽しい世の中を作っていけないものか…そう考えてきたし、これからもそれを考えていきたい。

 その基盤として、いま我々は「インターネット」という財産を持っている。これがなければ、私が「システムへの疑念」を抱いたとしても、解決策を持たない絵空事のようなものだったろう。

 日本のインターネットの草分けである村井純氏が言うように、インターネットの基本理念は「自律・分散・協調」である。このインターネットの理念を社会の基本理念として新しい世の中を創って、それぞれの人が自己実現できる…そういう夢を追いかけたい。

                    ◇      ◇      ◇

<謝 辞>

 2009年末をもって、日本経済新聞社を定年退職します。記者として「サラリーマン」で菊池寛賞をグループ受賞したこと、AOLの日本法人設立に関わり日経ネットの収益基盤を作ったこと、その後「日経デジタルコア」「世界情報通信サミット」「日経地域情報化大賞」で、多くの方にご協力いただき、ICTの問題、地域の問題に幾ばくかのの貢献ができたことは、自分の誇りです。

 2010年は日経の後輩たちが「電子新聞」を立ち上げます。

 今後は慶應義塾大学で若い人とプロジェクトを進め、本当は会社で編集委員としてやりたかった執筆の仕事、地域メディアの活性化の活動、ジャーナリスト育成の活動などをやりつつ、趣味のバイクで日本一周、料理の腕も上げたいと思っています。

 今後の活動報告は以下のサイトで行います。

 ほんとうにありがとうございました。そしてもっと自分らしい人生への再出発です。

 http://www.heartiness.co.jp/freeagent/tsubota/

<筆者紹介>坪田 知己(つぼた ともみ) 日本経済新聞社 日経メディアラボ 所長
1972年日本経済新聞社入社。大阪・経済部、社会部、名古屋・報道部、東京・産業部などで記者を務めるとともに、日経BP社「日経コンピュータ」副編集長も歴任。1994年以降、日本経済新聞社のインターネット事業戦略の立案に関わる。マルチメディア局企画開発部長、電子メディア局企画担当局次長を経て、2000年3月にデジタル関連の情報と人脈交流を目的とした日経デジタルコア事務局を設立し、同代表幹事に就任し現在に至る。2003年から慶応義塾大学大学院政策・メディア研究科教授を兼任。2005年3月、「日経メディアラボ」の発足と同時に初代所長に就任。著作に「マルチメディア組織革命」(東急エージェンシー刊)、「大逆転!インターネット時代の仕事革命」(主婦と生活社共著)ほかがある。

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