【ネット時評 : 藤元健太郎(D4DR)】
ビジネス活性化へ向け、ID管理の基盤整備を

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 民主党政権になり、再び納税者番号制度の議論が始まっている。住基ネット導入の時も、個人を特定することが可能な番号管理については激しい議論が生まれた。特定個人がユニークな番号で管理されることに対し、抵抗感を示す人は依然として多い。
 

 また、個人情報保護法の施行後も企業からの個人情報流出事件は後を絶たず、個人情報を企業に預けることに対しても神経を使う人が生活者サイドに増えている。同時に、事業者サイドから見ると、現在の個人情報保護法はB2Cビジネスを行う事業者にとっては大きな対策コストを要求する。青少年の保護を目的とした制度への対応もあり、企業側の管理コストはますます増えていく傾向にある。

 B2Cのビジネスにおいては、免許証をコピーするなどの方法で顧客の本人確認や所在確認をしているサービスも少なくないが、そこには見ず知らずの店員に自分の免許証を開示しなければいけないというリスクもある。一方で、最近の若者は車に乗らない、海外旅行しないという傾向もあるので、免許証やパスポートも持っていない人も多く、自分を証明する手段自体が限られるという状況も生じている。


新しい概念の個人情報

 さらに技術革新や新しいサービスの普及による、新しい概念の「個人情報」も生まれつつある。「ライフログ」と呼ばれるものは住所、氏名といった静的な情報だけでなく、ネット上での行動情報(アクセスログ、日記、閲覧コンテンツ、購買行動など)を時系列で蓄積することで個人の生活の大部分を情報化して活用しようという発想だが、すでにネットサービスを中心にこのライフログが多くの事業者に貯まりはじめている。また携帯電話やスマートフォンの位置情報機能が手軽に使えるようになったことで、自分の居場所や移動履歴などを事業者や他のサービス利用者に伝えることも容易になった。そこで、場所の情報を活用した新しいサービスが多数生まれようとしている。

 デジタルコミュニケーションの発達により、これまで個人情報の中心的存在であった「氏名・住所・電話番号」といったデータを必要としないでビジネスを実現できるケースも増えてきた。ビジネスで個人を特定する「ID」と、実社会における「実名」とは必ずしもひもづける必要がなくなりつつある。

 Eコマースの世界ではメールが届き、決済と物流さえ機能すればビジネスは成り立つ。コンテンツビジネスであれば物流すらいらないので住所情報も必要としない。個人間でもそうしたケースが生まれている。例えばSNSの大手mixiでは日本郵政と組み年賀状サービスを展開しているが、これは年賀状を出す相手の住所を知らなくても紙の年賀状を相手に届けることができるサービスである。送る側は、mixi上で年賀状を送りたい人を選び、IDを指定。あとは年賀状を受ける側が自分の住所と本名をmixiに伝えれば年賀状を出すことができるのだ。


行動マーケティングとマルチパーソナリティー化

 このように、すでにネットサービスの中では「ハンドルネーム」のような「仮名」の利用が増えている。前述のmixiのように、仮名で知り合った人とは仮名のまま交流しても通常ほとんど問題がない。オフ会などで実際に合った場合ですら、実名を名乗らない人も存在する。特に女性などは実名と、それにひもづく住所、電話番号などはストーカー被害などを懸念して極力流通させたくないというニーズも強い。従来のマーケティングは個人の属性情報をなるべく詳細に知ることで,個人のニーズを推測するというアプローチが一般的であった。しかし、属性情報がなくても、行動情報さえ捕捉できれば、推測によって補わなくてはならない範囲は狭められる。今や30歳、男性、独身、東京在住、公務員という情報だけで分類しても、その人のライフスタイルを読み取ることは難しい。それより、年齢も性別も職業もわからないが、毎日商品にアクセスしてくる人と、ここ半年アクセスしてない人とで分けた方がより購買につながるマーケティングが可能になる。

 グーグルの急成長を支えたのは、「今その情報を知りたがっている人」を捕捉できる仕組みだ。その人に適切なタイミングで広告を出せることが何よりも大きな価値を生んだのである。こうした行動情報を管理する時には、ユニークなIDさえわかればよく、さらにそのIDの範囲は限定的でよい。現在のアマゾン・ドット・コムのサービスで弱点と思われるのが、一つのIDの購買履歴を全てのジャンルに活用し、「仕事」「趣味」「子供のために」といった目的の異なる行動データを全て同一人物のものと見なしてしまう点だ。このために、リコメンドされる商品が混乱してしまうことがある。一人の人間でも、その人の活動のシーン毎に、ニーズや価値観、金銭感覚といったパーソナリティーは変化するものだ。行動マーケティング的には、そうした特定のパーソナリティー単位で行動が捕捉できた方が、有効なマーケティングにつながる。

 今後、位置情報が行動情報に加わるのであれば、場所という概念も重要になる。例えば昼間新宿にショッピングに訪れた女性は、自分の行動情報を提供することで、買い物に役立つ、お得な情報が入手できるとなれば、時間と場所限定で情報提供を許可してくれるかも知れない。夜に歌舞伎町を歩いている男性であればなおさらのこと。だが自分好みのキャバクラを教えてくれるための行動情報は、次の日の昼間には消し去られていることを希望する人も多いに違いない。

 このように行動情報の活用は特定個人単位ではなく、あくまでもパーソナリティーと利用シーンによって範囲を限定できることが、事業者側にとっても利用者側にとっても望ましい。


新しいID管理の枠組みが必要

 このように多様なID管理のニーズが出てくる中、現在の仕組みのままでは個々の企業に対して膨大な負担をかけることになる。そのためIDの管理をレイヤー(階層)構造化したモデルに組み替え、レイヤー毎の管理レベルを変えることができれば、今後の全てのビジネスのベースになるぐらいの社会システムを構築できるのでは、と筆者は考えている。現在も「OpneID」のように事業者間の相互与信のような形でIDを運用するモデルもあるが、利用者が多数のIDを発行しないで済むというメリット以上のものを出せておらず、前述のようなニーズには対応できない。

 また知識経済とも言われる、これからの新しい社会構造の中では、金融資産と同じくらい知識情報も資産として捉える必要が出てくるのではないか。そうなると、知識情報に関する高度なサービスの恩恵を、ITを使いこなせない人達も利用できるような枠組みが要になる。そこで、現在金融サービスにおいて、プロが一定の資格や制度のもとで資産を預かり運用する仕組みがあるように、個人の知識資産の管理を第三者に委ねる制度が必要になるのではないか。そこでは、自分の個人情報について、サービス毎の開示範囲の設定などを自分で行うか、第三者に委託するのかも選択できることが望ましい。

 以上のようなことをふまえ、筆者の考えるビジネスアーキテクチャーを提案したい。


「個人情報信託管理制度」の提案

 まず、本人確認の必要なレベルを担う事業者を「個人情報信託業」とし、IDの発行と他のサービスからの本人確認を担えるようにする。それ以外のサービス事業者は、この個人情報信託業者からIDを発行してもらい、それを利用するだけでビジネスができるようになれば、個人情報保護法の適用は除外され投資コストは少なくてすむようになる。IDとIDのひもづけは個人情報信託業しかできないため、サービス間での同一人物特定は利用者の許可がなければできない。利用者側も、自分の個人情報を明かさないで利用できるため、プライバシーに気を遣うようなサービス(ヘルスケアなど)のビジネス活性化が期待できる。

 個人情報信託業者は、エージェントサービスとして個人情報を第三者的な企業へ適切に開示することを代行したり、サポートするような新サービスを展開するチャンスを期待できる。

 個人がオープンに開示するであろうハンドルネーム、ニックネームなどはサービス事業者レベルで必要な範囲で運用すればよいだろう。

 この個人情報信託業に参入できる企業のイメージとしては、携帯電話などの通信事業者、クレジットカード事業者、大手ネットサービス事業者などが挙げられる。しかし、この事業の責任範囲は大きいため、許認可制度もしくはそれに近い高いハードルを設ける必要があるだろう。

 まずはこうした仕組みを先行してネットサービスで運用し、リアルなビジネスでも利用可能にしていけば、ビジネスの新しいイノベーションが期待できるのではないか。一般的になれば、公的サービスにも活用でき、納税者番号制度の議論にも一石を投じるはずだ。制度設計につながる議論が始まることを期待したい。

<筆者紹介>藤元 健太郎(ふじもと けんたろう) D4DR社長
1993年からサイバービジネスの調査研究、コンサルティングに従事、日本初のビジネス実験モール「サイバービジネスパーク」のトータルプロデュースを行う。99年5月、8年間在籍した野村総合研究所を離れSIPSを手がけるフロントライン・ドット・ジェーピーの代表に就任。2002年にD4DRを設立し広くITによる社会システムや、ライフスタイル・企業戦略の変革のコンサルティングや調査研究・プロデュースを行っている。

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