【ネット時評 : 土屋大洋(慶應義塾大学大学院)】
ギークが変える技術フロンティア

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 ギーク(geek)とは、英語で「変人」とか「オタク」といった意味だが、ニュアンス的には日本語のオタクよりも悪い感じだ。しかしジョン・カッツが「ギークス」(飛鳥新社、2001年)の中で描写したように、コンピューター・ギークたちは、われわれの社会になくてはならない存在になっており、徐々にポジティブな意味合いを持つようになってきている。官庁でも企業でも学校でも、今日ではコンピューターとネットワークなしでは業務に差し支える。そうしたインフラとしてのITを支えているのがギークたちだ。

グーグル・アースのインパクト
 
 ギークたちの技術力は、もっともハイテクであるはずの安全保障にも忍び寄ってきている。ITと安全保障というとすぐにサイバーテロやネットウォーが思い浮かぶが、ギークたちが作りだす技術は、すでに安全保障の様相を変えるまでになってきている。
 その象徴的な例が、先ごろリリースされたグーグルの新サービス「グーグル・アース(Google Earth)」である。まだベータ版だが、無料で配布されているソフトウェアをダウンロードすると、世界中の都市の衛星・航空写真を見ることができる。場所によってはかなり高解像度のものもあるし、3次元の画像が出てくるところもある。車種までは分からないが、車が止まっているかどうかははっきり見えるし、北京の紫禁城の写真を見ると、人影が点々と写っている。
 今までは、こうした技術は軍事技術として、ごく一部の人にしかアクセスができなかった。インテリジェンス・コミュニティーと呼ばれる、政府の情報機関がこうした技術と情報を独占していたのだ。しかし、コンピューターの普及は、より多くの人にアクセスの機会を提供するようになってきている。グーグル・アースに似たソフトウエアとデータベースは、ワシントンDCにある国際スパイ博物館でも自由に使うことができたが、それがオンラインで、無料で使えるようになったところが大きな転換である。
 残念ながらグーグル・アースで出てくる写真はリアルタイムのものではない。グーグルの説明では、写真は古いもので3年前に撮影されたものも含まれており、さまざまなソースから得られた写真をモザイク上に貼り合わせているという。したがって、いつの時点で撮影されたのかをユーザーが特定するのは難しい。そういう点ではリアル・タイム性には欠けている。しかし、こうした技術が無料で配布されるようになっているということは、米軍はもっと解像度の高い写真にほぼリアル・タイムでアクセスできている、と考えられる。例えば北朝鮮に関する報道では、米国の偵察衛星が寧辺の原子炉建設現場の周辺で、作業員が道に砂利を敷き詰める様子をとらえた、と伝えている。
 
「ギーク」と「ワンク」の文化的対立
 
 注目すべきは、そうした技術を誰が開発しているのかという点だ。グーグルという民間会社がこれをリリースしたということは、そうした技術が軍から民間に流れているか、あるいは民間が軍に迫るような技術を開発し始めていることを示している。同様のサービスをマイクロソフトも開発していることからも、民間に技術力がついてきていることがうかがえる。
 おそらくグーグルやマイクロソフトはソフトウエアの開発やサービスをする上で、安全保障上の配慮をしているのではないかと思う。実際のところ、ギークたちの技術力はどこまで軍の最先端に迫ってきているのだろうか。米軍は民間の技術をどん欲に吸収していることを考えると、多くのギークがすでに米軍にリクルートされているとも推測できる。豊富な資金を与えられたギークたちはさらに高度な技術開発へと進んでいくはずだ。
 米国のさまざまな分野の技術開発が、潤沢な軍の資金でまかなわれていることもよく知られている。調べてみると、2005年度の国防総省のIT予算は約322億ドルなのに対し、日本の防衛庁のIT予算は約12.5億ドル(約1409億円)と比べものにならない(ただし、日米では予算システムが異なるし、自衛隊と米軍では社会における位置づけもまったく異なる)。
 もっとも、ギークたちは政府や軍、大企業のようなピラミッド型の組織で働くことを嫌っていることも事実だ。そうした組織で働く人たちのことをギークたちは、「ガリ勉野郎」を表す単語の「ワンク(wonk)」、あるいはスーツを着ているという意味で「スーツ(suits)」と呼ぶ。ギークとワンクの間の、一種の文化的対立は深刻だ。かつてギークたちは「われわれは王様も大統領も投票も拒否する。われわれが信じるのはラフ・コンセンサスと動くコードだ」とまで言い放ったことがある。
 ワンクたちは、ギークたちの技術力を使わないわけにはいかない。しかし、それは一筋縄ではいかないだろう。安全保障を含めてわれわれの社会システムが技術に依存すればするほど、この文化的対立は深刻になるのではないだろうか。
 

<筆者紹介>土屋 大洋(つちや もとひろ)
慶應義塾大学 総合政策学部助教授
1970年生まれ。慶應義塾大学総合政策学部助教授。1999年慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科後期博士課程修了。博士(政策・メディア)。1999年、国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)講師・主任研究員。2001年から2002年までフルブライト研究員、安倍フェローとして渡米、メリーランド大学客員研究員、ジョージ・ワシントン大学客員研究員を兼任。2002年、国際大学グローバル・コミュニケーション・センター助教授・主任研究員。2004年1月、富士通総研経済研究所客員研究員を兼任。2004年4月から現職。専門は国際政治学、情報社会論。主著に『ネット・ポリティックス-9.11以降の世界の情報戦略-』(岩波書店、2003年)、『情報とグローバル・ガバナンス-インターネットから見た国家-』(慶應義塾大学出版会、2001年)、『ネットワーク時代の合意形成』(共著、NTT出版、1998年)等。

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2008-8-02 17:21

スーツかギークか言っている場合ではない from hachimitu blog

最近、交流会とか勉強会を通じて、他社のエンジニアさんとも話す機会が増えてきました... [続きを読む]

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