【ネット時評 : 碓井聡子(日本ユニシス)】
求められる「ユビキタス・ライフデザイン」

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 個々の企業がそれぞれの「ユビキタス構想」を掲げ、サービス開発・提供にしのぎを削る姿は、一見競争社会の原理にもかなっているし、最終ユーザーである生活者がよりよいサービスを享受できるようにみえて美しい。しかし、本当にそうなるだろうか。
 大事なのは、競争の後だ。インターネットが浸透した後、生活者に様々な問題が降りかかったように、ユビキタスが生活に浸透した後のことを、まだ各企業のユビキタス・ビジネスが固まりきっていない今だからこそ、考えておく必要がある。

実現しつつあるユビキタス社会
 
 ユビキタスという言葉自体がよく使われるようになってから、そろそろ4年以上経つ。その間にこの「ユビキタス」というものをどうビジネスにしようか、とメーカーは頭を悩ませてきた。ユビキタス社会になって何が変わるのか、という素直な問いかけに対し、それを仕掛ける側がストレートに応えられないほど、その概念がぼんやりしていた、ということなのかもしれない。
 そういうときに前向きな企業と研究者がやることは決まっている。まずは「見せる」こと、そして「やってみる」ことだ。もっともその中には、外向きに「ユビキタス」という名前のついた部署をつくり存在をアピールしつつ、もうかるかどうかは怪しいもののひとまず企画をたて、とりあえず国の力を借りて実証実験を行う・・・ということも含まれていたが。ともあれこの数年間、ユビキタスを活用した社会基盤、企業間プロセス革新など多くのテーマと多くの業界を巻き込んで、数々の実証実験が行われてきた。また、国の力を借りた実証実験でなく、自社の企画をサービスとして実現する企業も現れつつある。まさにユビキタスは形になりつつある。企業独自のビジネスモデルを探りつつ、知恵を絞り、自社なりの構想をつくって事業を進めている。問題はその後だ。
 
ユビキタスの進展で生活者はプチ企業になる?
 
 生活者の立場で見たときに、当然「ユビキタス的」価値が付加された商品・サービスは、今よりも簡単・便利であり、ありがたいと思えるものでなければならない。少なくとも面倒で困るものであってはならない。しかし、生活者をターゲットとして様々な思惑でのビジネスが仕掛けられていくことで、非常に面倒なことが起こる可能性がある。
 例えば、一部ヘルスケアに関して何が起こるかを想定してみる。現在でも一部の病院では配布型カルテの取り組みがあり、生活者は自分の医療情報をたやすく入手できる。そして心臓病や糖尿病など慢性疾患の生活者の場合、もし自分の家や車という環境の中でさりげなく自身の健康情報が測定されているなら、そして自分が身に付けている時計や携帯、自宅の体組成計などが随時自分の健康情報を取得しているなら、そうしたサービス同士を簡単につなぎ合わせて総合的に見てみたい、判断して欲しいと思うことだろう。病院に通う際にも、過去のカルテと共に蓄積した自身の健康情報データを提供し、より精度の高い診断と処方を望みたくなるだろう。これは慢性疾患の患者に限ったことではなく、病気予防を気にする一般の生活者にとっても言えることだ。
 だが、そうしたサービスのための機器が多様化し、ユニークなサービスが熱心に仕掛けられるほど、管理しなければならない情報の種類は多様になり、扱う情報量は膨れ上がり、その負荷は生活者にのしかかる。提供側が独自仕様に走ればなおさらだ。エコーネット規格のように、異なるメーカーの機器同士を接続する試みも進んでいるが、これを放置すれば悪意ある行為の犠牲になる可能性も出てくる。
 企業であれば、ITを統合的に管理する責任者としてのCIOがいるけれど、膨大な情報に囲まれた個人はどうすればよいのか。選択肢は3つある。自分が自らのCIOになるか、自分以外の家庭内CIOにお願いするか、外部の何らかのサービスにお願いするか、である。個人の生活や価値観に対し、ITや情報がどこまで支援できるのかを考えていくと、ユビキタス社会では一人一人がプチ企業みたいなものになるのかもしれない。
 そして、問題はこのような情報管理の煩雑さや情報連携の実現だけにとどまらないところにもある。
 
ユビキタス・ライフデザインという概念
 
 現在でも、冷蔵庫の開閉や電動ベッドの動作、ポットの利用頻度、ドアの開閉、トイレ内での赤外線センシングなどの情報を活用して、離れて暮らしている高齢の親の安否確認サービスを各メーカーがそれぞれ提供している。しかし、自身の多くの健康情報を手にしたユビキタス時代の生活者たちは、急病や事故の場合に身内に通知してくれるだけでなく、緊急レベルに応じて、日常でさりげなく蓄積した測定情報や医療情報等を事前に本人と家族が許可・依頼した医療機関にただちに提供してくれるぐらいの気を利かせて欲しいと思うだろう。ユビキタス社会での安否確認は、ポスト・ユビキタス社会では、更に一歩進んだ総合的な生活安心サービスの一部として提供されているはずだ。
 ユビキタス社会インフラが実現され、その上で生活することが当たり前になれば、生活者に向けた個々のサービスは、そのインフラを活用して容易に「つながる」はずである。そのとき、サービスを提供する企業側は、それらがつながってどのような総合的サービスになるのか、ということを意識する必要がある。いわばそれは「ユビキタス・ライフデザイン」とも呼ぶべきものだ。先ほどの例でいえば、生活者自身が決める「ヘルスケア・ライフデザイン」により、関係する各種健康・医療情報やその所在、取り扱われ方、提供先などが決まっていく。デザインが変わればそれらもおのずと変わる、というイメージだ。
 ユビキタスが浸透した社会で幸せになるためには、今のうちから、「ネットワークを使った便利なサービス」を提供するのではなく、生活者視点での「ユビキタス・ライフデザイン」はどうあるべきかを考え、そのデザイン構成の一部として、サービスを提供していくという取り組み視点が、仕掛ける企業側に求められていくのではないだろうか。
 

<筆者紹介>碓井 聡子(うすい さとこ)
富士通総研 ビジネスデザインコンサルティング事業部 マネジングコンサルタント
1997年から海外ネットビジネスに関する調査・発信を手がける。Webを含むITを活用したビジネスおよびマーケティングの企画立案、戦略設計に従事。インターネット、IT自体の「性質」を知り尽くし、既存ビジネスに、新規ビジネスに、そして企業(社員)自身の競争力強化のためにどこまで使いこなせるかが、企業生き残りの鍵となると考えている。 近年の主な企画立案・戦略設計・調査テーマは以下の通り。
■既存事業の中でInternetインフラ、Webメディアをどう使いこなすか
■IT環境の普及や中国市場開放という環境の中、新規ビジネスで何ができるのか
■マーケティングツールとしてどう使いこなすか
■HRM(Human Resource Management)、eラーニングの観点から、企業自身、社員の競争力をどう高めるか
 
主な著書:「インターネットビジネス白書2002」、「既存企業VSドットコム企業」(監修)、 「図解B2Beコマース」(共著)

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