【ネット時評 : 江川 央(デジタルメディア・コンサルタント)】
イーベイのスカイプ買収劇に見る、次世代ネット・コミュニケーションの課題

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 米国大手オークション・サイトのイーベイが、無料インターネット電話サービス「スカイプ」で人気上昇中のスカイプ・テクノロジーズを約26億ドルで買収した。マイクロソフトやヤフーといったインスタント・メッセージ業界の先行組に、グーグルが先に発表したグーグル・トークも加わり、今後、業界を挙げての熾烈(しれつ)な競争が繰り広げられると誰もが考えていた矢先に起きたこの買収劇は、一体何を暗示するのだろうか。

イーベイの躍進とオークション・コミュニティーの弱点

 日本ではヤフー・オークションに押される形で、2002年にサイトの閉鎖に追い込まれてしまったイーベイだが、本国アメリカを中心に、全世界レベルでは同社がオークションサイトのデファクト・スタンダードになっていると言っても過言ではない。また、サイト立ち上げ初期からの、一般消費者中心のコミュニティー形成に加え、積極的にビジネス・ユーザーを取り込む仕組み作りが功を奏して、米国のEコマース業界においてはアマゾンと並び、押しも押されぬトップ企業に駆け上がった事実は、幅広く知られている。私自身、オンラインで何か製品を購入する場合には、必ず一度はアクセスしてみるサイトの一つであり、先日も、小型複写機のメーカー純正トナー・カートリッジを、市場の実勢価格よりも20ドル近く安く手に入れたばかりだ。
 私の記憶する限り、イーベイはインターネット上におけるコミュニティーの形成、という概念を、例えば私のような「非技術者」である大衆に幅広く普及させた最初の企業であると思われる。サイト上に設営されたオークション会場に製品情報が掲示され、それに対してユーザーが入札する。出品者の中にはオークション製品のリスト上で注目されるために、金を払って「広告スペース」や、他者に比べてより際立った「リスティング」を手に入れる人もいる。また、商品写真の質や、キャッチ・コピーの良さ、商品説明のきめ細かさ等によって、競り落としの価格が大きく左右される、という話も聞く。要するに、リアル世界のビジネスコミュニケーション(意思のやりとり)やトランザクション(金銭のやりとり)が、インターネット・オークションという一見限定された領域において、売り手・買い手の心理や駆け引きも含め、誰の眼にも明らかな形で、見事に「再現」されてきているのである。
 同社が長年の間、努力を続けているのが、市場での詐欺や違法な取引の防止である。同サイトでは、ユーザー同士が、個々の取引経験に基づき、お互いを評価し合うシステムが取られており、これは今も継続してなされている。また、個人取引の間に第三者が介在し、商品と金銭をそれぞれ一時的に預かるエスクロー・サービスも古くから導入されている。最近では、同社が所有し、ユーザーに利用を推奨する決済システム「ペイパル」を利用した、万が一の時の上限つきの金銭保証システムの導入など、ユーザーリスク軽減を目指した取り組みも行なっている。ただ、様々なノウハウや技術を駆使してそれらの網の目をくぐり抜け、自らのアイデンティティーを隠蔽(いんぺい)し、詐欺行為や違法取引を行うユーザーが日夜、当たり前のように同サイトを利用しているという可能性も否定できない。取引相手の顔が見えにくい、という事実は、ユーザー心理の中で、「イーベイを使いたくない理由」の中でもトップクラスに位置付けられている。

スカイプ買収で「顔の見えるコミュニケーション」を実現

 そんな中で、イーベイがユーザー同士、全世界無料で通話が可能なスカイプを買収した、という展開は、実に理に叶っている。オークション・コミュニティーの会員同士のやり取りにおける、Eメール中心の顔も見えず、声も聞こえないコミュニケーションが、ここにきて大きく変わる可能性を秘めているからである。「詳細について、ちょっとスカイプで話しましょうか。」そんなやり取りは、当たり前となるだろう。
 イーベイが少額からの個人間決済システムを提供するペイパルを買収したのは2002年。これは、それまで小切手やマネーオーダーが主流だったオークション決済の、オンライン・アカウント同士、あるいはクレジット・カード会社を経由しての決済システムへの移行を促し、イーベイ自身も本格的なEコマース・サイトとして大きく発展した。今回、ユーザー同士のコミュニケーションの核として、スカイプが幅広く導入されれば、それはペイパルと同様、ユーザー間取引に対する安心感に直結し、それが起爆剤となって、同社の有するコマース市場の更なる発展につながる公算は大きいと言える。

英語力の問題、さらに深刻に

 さて、急激に発展しつつあるインターネット上のグローバル・コマースの世界、マルチメディア・プラットフォームで日常的に繰り返される、国境を越えたコミュニケーションや、トランザクションの世界において、私達日本人が直面する問題は何だろうか。ここにきて、紛れもなく、英語力という、非常に根本的な問題に立ち返ってしまうのではないか、と私は考える。
 歴史的に、私達は英語に対して苦手意識を多かれ少なかれ持っている。もちろん個人レベルでは、それぞれの興味に応じて語学力の向上を志し、語学学校へ通ったり、留学という形で、目標の実現に向けて尽力している人も多くいるだろう。
 ただ問題は、「なぜ英語力が必要なのか?」という極めて単純な問いかけに対する明快な答が日本では見つかりにくいこと、もっと言えば、社会全体としての危機感が、やや欠如しているからではないか、と思われる。
 インターネットの普及によって、膨大な情報が地域に限定されることなく、国境を越えて行き来している。その多くは英語である。英語は学問ではなく、文字通り、コミュニケーションの道具なのである。また現代は、それがEメールのような文字情報であれ、スカイプのような音声・動画情報であれ、英語がきちんと理解できるか、相手に通じる英語をある程度マスターしているかが、以前とは比較にならないほど個々の生活に直接的に影響を及ぼしている。例えば、ニューヨーク・タイムズの記事を原文で理解し、それを毎日読んでいる人と、理解出来ない人、読んでいない人では、米国の政治経済への理解度は大きく異なる筈だ。
 同様に、イーベイを例にとっても、そうである。随分前の頃の話になるが、円高ブームに乗って「並行輸入代行業者」が流行した時代があった。あちこちで、並行輸入カタログというものも眼についた。現代は、これが更に進化した形の、言ってみれば個人並行輸入が花盛りの時代だと言ってもいい。イーベイのようなオークション・サイトは、その最たるものである。グローバルな市場は企業だけでなく、個人レベルにも、門戸が開かれているのである。
 ところが、今回のスカイプのような新技術の登場により、取引上のグローバル・スタンダードが変化し、取引の前提として、以前は手紙やファックス、メールといった文字情報のやり取りだけではなく、音声・動画といった情報を当たり前のようにやり取りするようになったとしたら、どうだろうか。顔が見えない相手とは取引はしない、肉声で英語を使ってやり取りをしないと信用してもらえない、という時代が仮に到来した時、私達はどう対応すれば良いのだろうか?

日本が世界に取り残される日

 海外と取引?そんな事は面倒だからあえてする必要はない、商社や個人バイヤーに任せておけばいい、と言い切るのは簡単なことである。ただ、情報通信の急激な発展が背景となり、グローバル・レベルのコミュニケーションの在り方は、今回挙げた例だけではなく、至る所で変化を遂げつつある。その潮流を日本社会全体として敏感に感じ取り、英語教育の抜本的な見直しも視野に入れて、今後、国としてどのようにして対応していくか、議論を進めていく環境を早急に作り上げていかないと、多くの局面で日本は世界から取り残され、情報の孤児・国際文化の孤児となってしまうような気がしてならない。
 ネットを取り巻く環境の変化は、時として恐怖を感じるほど早い。時代に対応できるだけの技術力をつける事はもちろん大切だ。競争力のある技術を世界へ、という姿勢も分かる。ただ、それ以上に、技術や環境の変化、特に国際社会の変化に翻弄(ほんろう)されることのない、真の国際的な人材の育成も併せて熟慮することが大切なのではないか、と常々考えさせられる毎日である。

<筆者紹介>江川 央(えがわ なかば)
デジタルメディア・コンサルタント
1965年米国ニューヨーク生まれ。1987年、自由学園男子最高学部卒業後、キヤノンに入社。海外マスコミ対応、多国語版社内報制作、F1鈴鹿グランプリにおけるスポンサー・チーム渉外、新規技術広報等を担当した後、1995年よりニューヨーク駐在。同年3月より、キヤノン初のウエブサイト設立を担当、設立後に同ウエブサイトの企画・制作業務を統括。1998年より、インタラクティブ・コミュニケーションズ・マネージャーとして、同ウエブサイト運営に加え、オンライン広告を中心にインターネット・ビジネスの展開に幅広く関与。2001年3月に、キヤノンを退社、デジタルメディア・コンサルタントとして独立。現在はマンハッタンにある大手法律事務所、Debevoise & Plimptonのナレッジ・マネージメント・チームをはじめ、依頼に応じて企業ウエブサイトの開発や、オンライン・マーケティング等に関するコンサルテーションを実施する一方、インターネット関連コラムへの寄稿をはじめ、ビジネス、社会、日米文化等にもテーマを広げた情報発信、創作活動を展開中。

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