【ネット時評 : 今川 拓郎(総務省)】
ユビキタスな法律サービスへの期待

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 米国の地方裁判所から封書が届いた。ギョッとして中を読むと、M&Aを繰り返し5回も名前を変えた米国の銀行で、そのM&Aの手続の中に顧客に不利な内容があり、十分に知らされないまま手続が進められたとして、ある顧客がこの銀行を訴えたという。この原告は全顧客を代表して訴訟する立場をとっているため、在米時にこの銀行に口座をもっていた筆者にも封書が届いたという訳である。

諸外国で進む法律分野の情報化

 封書はわずか3ページの説明文のみ。それ以外の情報はウェブサイトで、とある。このウェブサイトを見ると、この訴訟に関する全文書、訴訟の進捗状況、Q&A、権利行使の申請書、メールの連絡先等が掲載されている。住所の変更があれば、このウェブサイトから行うことも可能だ。訴訟先進国の米国ならではの環境かもしれないが、法律サービスの世界がこれだけ電子化されていると、利用者にとっては有り難い。
 韓国も、法律サービスの情報化先進国だ。サイバーローファームが、インターネットを通じて法律相談のスピード解決に寄与し、事件の受任に逆オークションすら利用されているという。大法院(最高裁)のウェブサイトには、法令、判例、訴訟手続、各種書式等の法律情報はもちろん、裁判進行状況、各種競売情報、商号検索等の情報まで詳しく掲載されている。その他、各種登記業務の電子化、戸籍謄抄本のオンライン発給等、さまざまな取り組みにより法律サービスの質が格段に向上し、国民の利用率も高いという。
 オーストラリアでも、オンラインによる訴状提出や手数料のネット決済、電子公判、法廷へのテレビ会議導入などを内容とする“e-Court”と呼ばれる電子裁判所実現に向けた施策が積極展開されている。諸外国での法律分野での情報化の進展はめざましい。

日本の法律サービスにも不可欠なICT活用の視点

 日本で現在進められている司法制度改革では、「制度的基盤の整備」、「人的基盤の拡充」、「国民の司法参加」という3つの柱のもとに、裁判の迅速・充実化、国際化への対応、法科大学院の設置、法曹制度の改革、裁判員制度の創設、司法教育の推進といった施策が進められている。残念ながら、この中でのICTの存在感は乏しい。
 「司法制度改革推進計画」(平成14年3月19日閣議決定)の中では、「国民の期待に応える司法制度の構築」の内容として「裁判所の利便性の向上」を挙げ、「インターネット上のホームページ等を活用したネットワーク化の促進により、ADR※、法律相談、法律扶助制度を含む司法に関する総合的な情報提供を強化するための方策を検討し、逐次、所要の措置を講ずる」とされ、これを受けた最高裁の「司法制度改革推進計画要綱」(平成14年3月20日)でも、同様の記述に加え、「裁判所の訴訟手続、事務処理、情報提供などの各側面での情報通信技術(IT)の積極的導入を推進する計画を策定・公表するための所要の措置を講ずる」こととされている。※ADR=裁判外紛争解決
 しかしながら、ウェブサイトの充実といった面を除き、その後裁判所から具体的内容が提示された形跡はなく、司法制度改革推進本部も平成16年11月30日に解散した。弁護士の中でも、情報システム導入の進んだ法律事務所やブログを使いこなす若手弁護士の間で、危機感が強いと聞く。
 
推進役として期待される次期ICT国家戦略

 IT戦略本部で推進しているe-Japan戦略の目標期限である2005年末が近づき、2006年以降の次期国家戦略の議論が本格化しつつある。戦略の柱は「ユビキタス」の方向となる可能性が高いが、問題は具体的なICT利活用推進のタマである。実は、e-Japan戦略では、これまで電子政府・電子自治体といった行政分野の情報化は大きな柱の一つになっていたが、司法分野はこれまで触れられてこなかった。選挙運動におけるネット活用の制約が先般の総選挙で大きな議論となり、問題点があぶり出された形となった立法分野の情報化も同様である。行政分野の情報化に加えてこれらの分野の情報化を進め、法律サービスの総合的な情報化を促進することが国際競争力の観点からも喫緊の課題ではなかろうか。
 経団連でも次期ICT国家戦略の検討プロジェクトチームを設け、具体的な提言内容の検討を続けているが、その中でも、行政・立法・司法の各分野における情報化の推進が盛り込まれる方向と聞く。具体的な検討事項としては、電子申請における決済機能、手数料減免等の優遇措置、電子投票、ネットによる選挙活動、法令・判例情報の電子化・標準化、ネットやテレビ電話を活用した電子法廷等々、困難かもしれないが実現の期待される課題が次々に思いつく。
 裁判員制度により国民の司法参加も予定されている中、法律サービスに対する国民のユビキタスなアクセス環境が実現されるため、三権が連携して情報化推進に取り組めるような仕組みが次期ICT国家戦略にビルトインされることを期待したい。
 
【注】文章は筆者の個人的な見解であり、所属する組織を代表するものではありません。

<筆者紹介>今川 拓郎(いまがわ たくお)
総務省 総合通信基盤局 公正競争推進室長
1988年東京大学教養学部卒業、90年同大学院広域科学専攻修士課程修了、同年郵政省入省。97年米ハーバード大学経済学博士。大阪大学大学院助教授、総務省情報通信政策局総合政策課課長補佐等を経て、2005年8月より現職。総合通信基盤局事業政策課市場評価企画官等を兼務。専門は、情報経済学、産業組織論、都市経済学、金融等。“Economic Analysis of Telecommunications, Technology, and Cities in Japan” (Taga Press)、「高度情報化社会のガバナンス」(NTT出版、共著)、「デフレ不況の実証分析―日本経済の停滞と再生」(東洋経済新報社、共著)等、著書・論文多数。静岡県出身。

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