【ネット時評 : 谷脇康彦(総務省)】
ネットワークは中立的か?PART2――動き出した米国の議論

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 今夏以降、米国では連邦通信法見直しに向けた議論が活発になってきた。「ネットワークの中立性を確保するために規制は必要か?」というのが焦点の一つ。そこで今回は、このネットワークの中立性を軸に、ブロードバンド政策の再構築に悩む米国の最近の議論を検証してみたい。

動き出した連邦議会

 ネットワークの中立性を巡る議論は、ワシントンDCにおいて03年夏ごろから注目を集め始めた(これまでの議論は、拙稿「ネットワークは中立的か?――高まるレイヤー型競争論」参照)。
 この議論では、ブロードバンドサービス時代のビジネスモデルを分析する枠組みとして、いくつかのレイヤー(層)に事業領域を分けて考える。レイヤーの分け方、レイヤー型競争モデルのとらえ方は様々だが、一例を挙げれば、電気通信層(物理層と通信サービス層)の上にプラットフォーム層、その上にコンテンツ・アプリケーション層が乗る、というような形になる。
 電気通信層を提供するのは電気通信事業者であり、ISP(インターネット接続事業者)やコンテンツ・アプリケーション供給事業者はその上の層で事業展開している。そこで、従来は多様で低廉な電気通信サービスをエンドユーザーに提供することを主眼としてきた通信分野の競争政策が、その上位のレイヤーも踏まえて競争ルールを考える必要があるという認識が高まってきた。
 具体的には、ブロードバンドサービスの伝送機能を司る電気通信事業者やケーブル会社は、ISPやコンテンツプロバイダーなどのネット系事業者に対してネットワークのオープン化を確保すべきだという議論だ。そこには、RBOC(84年のAT&T分割で誕生した地域電話会社)やケーブル事業者といったネットワーク設備保有事業者が上位レイヤーに進出してくると、設備事業者と資本関係にないネット系事業者に対して何らかの制約をかけてくるのではないかという懸念がある。
 それぞれのレイヤーにおいて公正競争環境を確保するための競争ルールを考えるべきではないか・・・・・・これがネットワークの中立性の議論である。
 さて、こうした議論は、連邦議会においても連邦通信法見直しの動きの中で最近大きく取り上げられるようになってきた。
 例えばエンサイン上院議員(共和党、ネバダ州)が7月に提出した連邦通信法見直し法案において、「ブロードバンドサービスを利用するユーザーがコンテンツにアクセスする際、サービス提供事業者は故意に制限を加えてはならない」といった条項が含まれている。また、バートン下院エネルギー・商業委員会委員長(共和党、テキサス州)やディンゲル同委員会筆頭理事(民主党、ミシガン州)らが9月に作成した別の法案ドラフトでも、ブロードバンドサービスを提供する事業者をBIT (Broadband Internet Transmission)事業者として定義し、エンサイン法案と同様のネットワークの中立性をBIT事業者に確保させるというルールが盛り込まれている。

連邦議会の動きに呼応するFCC

 この3月にFCC委員長となったケビン・マーチン氏。現在FCCは共和党委員と民主党委員の数が2名ずつの同数になっていて、政治的な対立案件については政策決定に持ち込むことが難しい状況だ。そうした中でも、鋭い政治的嗅覚を発揮しながら、彼はFCCの活動を本格的に立ち上げつつある。マーチン委員長は、連邦議会の連邦通信法見直しの動き、そしてネットワークの中立性の議論に対しても素早く動いた。
 彼は、8月はじめに開催されたFCCの政策決定会合において、FCCのスタンスを表明する「政策声明」を決定するという異例の動きに出た。この声明はFCCの規則ではなく、あくまでブロードバンドを振興するための基本原則という位置付けだ。
 この声明では、4つの項目(1)消費者が自由にコンテンツにアクセスできる権利、(2)消費者が自由にアプリケーションなどを享受できる権利、(3)消費者が網に損傷を与えない限り自由に端末を接続できる権利、(4)消費者がネットワークプロバイダー、アプリケーションプロバイダー、コンテンツププロバイダーの間の競争の利益を享受できる権利――を定め、これをブロードバンド政策の基本原則にすると宣言した。
 このFCCの動きに呼応して、カリフォルニア州公益事業委員会も同月、FCCの政策声明と同様の趣旨の「インターネットの自由」と題する政策原則を採択するなど、州レベルでも幾つかの動きがあった。

なぜ「ネットワークの中立性」の考え方が必要か

 FCCの政策声明をみてもわかるように、その内容はもうひとつ具体性がなく、わかりにくい。そこで、こうした議論が出てきている背景を少し見てみよう。
 本年2月、FCCはアラバマ州など4州の地域で事業展開するマジソン・コミュニケーションズ(加入者約24万人)に対し、同社のネットワークにおいて競合関係にある事業者のVoIP(インターネットによる音声の交換)サービスの提供を排除するため、VoIP用のポートを閉鎖している点を問題視し、調査を開始した。本件は翌3月、FCCと同社との間で和解(Consent Decree)が成立し、同社がポート閉鎖を解除するとともに、自発的に1万5千ドル(約150万円)の罰金をFCCに支払うことで決着した。
 この10月には、通信会社レベル3と大手ISPであるコジェント・コミュニケーションズとの間で紛争が発生。両者は無償のピアリング(経路情報の交換)契約を結んでいるにもかかわらず、コジェントからレベル3あての通信量が多すぎるとして、レベル3側が有償ピアリングへの契約変更を求め、一時、回線が切断される事態にまで発展した。
 連邦通信法では、ISPは情報サービスを提供する事業者であり、非規制となっている。このため、通信事業者と情報サービス提供事業者との間の紛争に対し、FCCは積極的に介入することが難しい。またマジソンの事例は、たまたま小規模の通信事業者であったためにFCCの介入が奏功したものの、これが巨大なケーブル事業者であったならば、通信キャリア規制の対象外だということもあり、FCCとして何ら手を打つことができなかっただろうと指摘する向きも多い。
 通信事業者と上位レイヤーの事業者との間の公正競争をどう確保するのか、そのためには新たな競争ルールを導入すべきではないかという議論が、ネットワークの中立性の議論のポイントだと言える。

相次いで意見表明する業界関係者

 ネットワーク中立性のコンセプトやレイヤー型競争モデルといった分析の枠組みについては、米国内で既に一定のコンセンサスが出来ているといっても良いだろう。しかし、この考え方に基づいて上位レイヤーと下位レイヤーとの間のオープン化を確保するために規制を導入するかどうかという点になると、議論百出の状況だ。
 例えばRBOCの動き。ベライゾンは「ネットワークの中立性の議論には賛成。しかしブロードバンド市場に規制は不要、市場に任せるべきだ」という主張を繰り返している。競争事業者の業界団体であるコンプテルは「ユーザーへのアクセス手段を持たないISPやコンテンツ事業者にとって、設備事業者であるRBOCやケーブル会社の網開放義務はブロードバンドサービスの世界でも不可欠」として、RBOCの主張に強く反論している。 
 また、ISP約200社で構成する業界団体USIIAは、ネットワークの中立性原則に賛意を示しながらも、「紛争は業界団体主導で解決すれば十分、規制は不要」という姿勢をとっている。
 さらに、アマゾン、eベイ、グーグル、ヤフー、IACなどのネット系事業者のグループは「設備事業者の網開放は自分達の事業展開にとって不可欠。設備事業者がネット系事業者と同様のサービスに力を入れてきて、対抗勢力である自分達に対して通信サービスの質を下げるなど競争制限的な動きに出てくる可能性がある。こうした懸念は競争ルールで払しょくしなければならない」と主張している。

ネットワークの中立性の議論で注目すべき点

 ネットワークの中立性の議論は、IP化時代・ブロードバンド時代の競争政策を考える上での基本原則をまず打ち立て、それを基に具体的な競争ルールの在り方を考えていこうというアプローチであったはずだ。しかし上で述べたように、いまや「総論賛成、各論反対」の状況になっている。
 VoIP提供事業者の大手ボナージは、7月に発表した文書の中で、「(通信法見直しの)議論の中で、各社が市場においていかに自分のポジションを改善するかに心血を注ぎ、結果として、ブロードバンド網が閉鎖的になり、自社利益だけを追求するゲートキーパー (設備事業者) 達の支配化におかれてしまうおそれがある。議会は将来のブロードバンド網における消費者利益をいかに確保するかに焦点をあてるべきだ」として、RBOCやケーブル会社の議会へのロビイングに警戒感を強めている。
 従来の通信分野の競争政策は、電気通信市場という単独の市場の中で、通信事業者間の公正競争をどのように確保するかという点に焦点があてられてきた。
 一方、ネットワークの中立性の議論は、垂直統合型のビジネスモデルの比重が今後高まっていくだろうと考えられる中で、上位レイヤーと下位レイヤーとの間の公正競争をどう確保するかという問題を顕在化させた。しかも、マジソン社やコジェント社のケースのように、IP化の進展により、従来は想定していなかった問題も発生してきている。IP化時代の新しい競争モデルをどのように構築するかという難題に政策当局は直面しているのである。
 米国のこうした議論は、FCCが推進してきたブロードバンド市場での規制緩和、つまりRBOCに対する網開放義務の撤廃とも密接に関連している。RBOCとケーブル会社の2大グループによる設備競争を基本ラインとして、RBOCのラインシェアリング(一回線を複数の用途で共有する方式)やダークファイバー(未使用の光ファイバー回線)開放の義務をFCCは取り払ってきた。
 しかし、その結果として、ブロードバンドの伝送機能はこの2大グループに依存せざるを得なくなってきている。この2大グループの動向如何ではネット系事業者のビジネスモデルは成立しなくなるという危機感がある。
 支配的事業者のネットワークを開放し、多様なブロードバンド伝送事業者が存在していれば、その上に展開するネット系事業者は様々な伝送経路の中から選択して、自由なサービス展開が可能になるという考え方もあり得るだろう。

IP化に対応した競争ルールの検討が急務

 米国のネットワーク中立性を巡る議論は今後更に進み、来年には連邦通信法の見直し作業が連邦議会において本格化するだろう。今後とも米国の動向からは目が離せない。
 欧州に目を転じると、欧州委員会においても近々、IP化やブロードバンド化に対応した競争ルールの見直し作業に着手する。来年7月には委員会としての報告書案をまとめ、09~10年にかけて加盟各国での法制化の動きも出てきそうだ。
 総務省においても、「IP化の進展に対応した競争ルールの在り方に関する懇談会」を設置し、今後の競争ルールの在り方について広く検討を始め、来年9月を目途に報告書を取りまとめることとしている。
 日本、アメリカ、そしてEUという先進国グループが「IP化の姿がおぼろげながら見え始めた」この時期に、あたかも相呼応するかのように同様の議論を本格化させようとしている。その意味で、06年は「IP競争ルール元年」と位置づけられる年になると言えるだろう。

(本稿中、意見にわたる部分は筆者の個人的見解である)

<筆者紹介>谷脇 康彦(たにわき やすひこ)
総務省 総合通信基盤局料金サービス課長
1984年郵政省(現総務省)に入る。OECD事務局ICCP(情報・コンピュータ・通信政策)課勤務等の後、郵政省電気通信事業部事業政策課補佐、郵政大臣秘書官、電気通信事業部調査官、在米日本大使館参事官等を歴任。2005年8月より現職。主として通信放送分野の競争政策に携わってきている。著書に「融合するネットワーク――インターネット大国アメリカは蘇るか」(かんき出版、05年9月刊)。

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2006-1-17 06:07

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