【ネット時評 : 金 正勲(慶應大学)】
日本のコンテンツ政策に明確な政策目標を

kim.jpg
 
 コンテンツ政策(contents policy)とは、「コンテンツの制作、加工、流通、利用において、公共利益を増進するための政府の介入」としてとらえることが出来る。この場合、公共利益(public interest)という概念は、様々な文脈(contexts)によって、それが持つ意味合いが変化する場合がある。例えば、時間軸や空間軸の違いによって公共利益の持つ意味が異なる。公共利益の概念を操作的(operational)に定義したのが、政策目標(policy objectives)である。この政策目標の内容こそが、特定の政策を支える根拠(rationale)となり、その根拠の評価によってはじめて財源の配分が正当化されるのである。一方、政策目標を実現するためには、政策手段(policy instruments)が必要である。一般的にある政策目標を達成するには複数の政策手段が考えられ、その中から最も効果的かつ効率的な政策手段を選択することも、政策担当者にとっては重要な仕事の一つである。

P=f (T):技術の関数としてのコンテンツ政策
 
 政策決定の際には、そのコンテキストを構成する様々な要素を考慮する必要があるが、今日のコンテンツ産業のような技術の変化が著しい分野においては、技術の動向が政策決定において最も重大な影響を与えることとなる。つまり、技術が変われば、政策的前提も変わる。過去の条件(技術環境)の下で立案・正当化された政策は、新しい条件(技術環境)においても有効であるとは必ずしも言えない。従って、コンテンツ政策においても、技術変化に対し政策側はタイムリーかつ的確に対応する必要がある。技術革新のスピードが速く、不確実性の高い分野においては、絶え間ないイノベーション(創造的破壊)が必要だ。したがって「いかにイノベーションの領域(arena of innovation)を広げるか」が政策的には重要であり、新しいことへの挑戦、リスクテイキング、実験(experimentation)などを制限せず、むしろ奨励するような政策的環境を整備することが必要不可欠である。
 
文化と経済の間での線引きの難しさ
 
 コンテンツを生み出すための表現活動は、多くの場合、文化的な活動(cultural activities)であると同時に、経済的な活動(economic activities)でもあるという意味で、他の経済活動と区別される。従って、それを対象とするコンテンツ政策も、文化政策的な側面と経済政策的な側面の両側面を同時に併せ持つことになる。この「文化と経済」の間に明確な境界線を設けることは極めて困難な作業であり、この線引きの難しさこそがコンテンツ政策議論を複雑にさせる最大の要因であるといえる。
 
文化の概念規定の重要性
 
 次に、コンテンツ政策においては「文化(culture)」という概念をどのように規定するかが、その方向性や内容に多大な影響を与えることになる。今までの政策議論の中で、文化には大きく次の二つの概念規定の立場があった。まず、「保護する対象としての文化」の捉え方である。これは歴史遺産の保護に重点を置く立場である。次に、「創造する対象としての文化」の捉え方で、現在の取り組みをもって未来の文化を創造していくという立場である。これは文化政策の中でも、芸術文化的な活動への補助金付与などの支援策の根拠となっていたものである。前者の立場が静態的であるとすれば、後者の立場はよりダイナミックで未来志向的であるといえる。
 
プロフィットセンターとしての表現活動
 
 そういう意味で、今日のコンテンツ政策議論の焦点は、主に後者の文化創造的な立場に立ったものであるといえる。ただ、「具体的にどの形態の文化芸術活動を支援の対象にするか」、という点においては議論が分かれることが多い。つまり、今までの文化政策の対象は、どちらかといえば商業性の低い純粋な芸術文化活動への支援であった。それに比べ、今日のコンテンツ政策の焦点は、今までの文化政策の枠組みの中では十分に配慮されることのなかったポップカルチャーなど大衆文化(mass culture)部門にシフトしつつある。その背景にある要因としては、ポップカルチャーや大衆文化活動が持つ潜在的な経済的価値の高さがうかがえる(国家イメージの向上によるソフトパワーの増進も要因として言われている。)。実際、既存の文化政策の枠組みの中では、コストセンター(cost center)としての芸術文化的な表現活動(=ハイカルチャー的な純粋な文化芸術活動)が、近年のコンテンツ政策の枠組みの中ではプロフィットセンター(profit center)としての表現活動(=ポップカルチャー的な商業性の強い表現活動)として再定義されている傾向が見受けられる。
 
創造性促進と市場化促進をコンテンツ政策の両輪に
 
 既存の経済システムでは、「希少な資源を人間の無限な欲求を満足させるために如何に効率的に配分するか」という命題に焦点を当ててきたとすれば、創造経済と呼ばれるこれからの経済システムにおいては、「個人や企業の創造性を最大限引き出し、その成果を経済的な価値に転換させ、そしてそれが最終的には国家経済に貢献する、という好循環を如何に作り出すか」が最重要な命題となる。コンテンツ政策の政策目標も、同じく「国民の頭の中に眠っている創造性を最大化することや、そこから生まれた創造的産物が持つ経済的価値を最大化すること」であり、この「創造性促進」とその「市場化促進」をコンテンツ政策の両輪として捉えた政策展開が求められている。そのためにも、創造性や創造的プロセスの本質を理解・マネジメントし、創造的活動の成果として生まれた創造物(=コンテンツ)の市場化プロセスにおける技術的、商業的、社会的、法政策的な問題を総合的に理解することが重要である。
 

<筆者紹介>金 正勲(Junghoon Kim)慶應義塾大学 デジタルメディア・コンテンツ統合研究機構 助教授
韓国生まれ。1999年から2002年まで米国インディアナ大学テレコミュニケーション学部アソーシエイトインストラクター、『情報社会論』、『情報通信産業経営論』等を担当。知的財産研究所外国人招聘研究員、ドイツ連邦防衛大学標準化研究部門客員研究員、欧州共同体(EU)標準化教育プロジェクト・エキスパートパートナー、英国オックスフォード大学知的財産研究センター客員研究員。主な研究分野は、メディア融合論、デジタルコンテンツ産業論、技術標準化と知的財産権等。2004年から慶應義塾大学デジタルメディア・コンテンツ統合研究機構助教授。

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL
http://www.nikkeidigitalcore.jp/cgi-bin/mt/mt-tb.cgi/74

メニュー