【ネット時評 : 江川 央(デジタルメディア・コンサルタント)】
到来した「超」カスタマー・セントリックな時代

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 米国のITやエレクトロニクス関連の業界動向が気になる人達にとって、1月は特別な時期である。開催期間中は米国のみならず世界中のメディアに話題を提供するコンシューマー・エレクトロニクス・ショー(CES)や、アップルがしばしば“噂の新製品”をお披露目する事で知られるマック・ワールド・エキスポなどを通じて、特に消費者向けIT業界の方向性が明らかになってくるからである。話題の提供という意味では、今年も例外ではなかった。

本格化するデジタル・ライフ

 ITバブルの90年代後半、IT関連の展示会といえば主に企業向けのビジネス・ソリューションが中心であり、その代表選手がコムデックスだった。一時期は入場者数が25万人を突破したと騒がれていた同展示会も、動員数や話題性という部分で今やすっかりCESにとって替わられてしまった感がある。今やITのすそ野は、企業向けだけでなく、製品やサービスを明確に具体化した消費者向けの部分で大きく広がってきている証拠だろう。

 考えてみれば、「デジタル・ライフ」、あるいは、それに等しい言葉があちこちで聞こえるようになってから久しい。ただ、過去にそれらは、どちらかと言うと、概念的な話が多かったのも事実だ。これまで私達が慣れ親しんできた「アナログ」の製品が「デジタル」に移行することで、人々の生活はネットワークを経由してシームレス(継ぎ目なく)につながり、以前では考えられなかったような変化が日常生活に起きる、とされていた。ビル・ゲイツ氏が、以前から基調講演等で用いていた、ネット時代の近未来を描き出すイメージ・ビデオ等にも、そのような「素晴らしい未来」の姿が映し出されていた。しかし実際に、ごく一般的な消費者が、いわゆるデジタル家電の数々を、適正な価格で購入出来たか、そもそも、魅力のある製品そのものが存在したか、と言えば、必ずしもそうでは無かった。

 ただ、この数年のうちに、iPodが爆発的な勢いであっというまに音楽の新しい市場を創り出したり、新しいところではデジタルカメラの普及が、ニコンに銀塩カメラの事実上の生産中止を決断させたり、といったことが相次いで起こった。人々の本格的なライフスタイルの移り変わりと、それに伴うビジネスモデルの劇的な変化が急速に起こりつつある感じがする。

意識面の変化が後押し

 中でも、消費者の意識は、以前では考えられないほど、変化している。
 インターネットの普及で膨大な情報の波をくぐりぬけ、その中で本当に必要なものだけを取捨選択する、という能動的な情報収集のパターンが慣習化し、それ以外のものは、喜んで切り捨てる、という傾向が強くなってきた。DVDレコーダー(米国においては、TIVO)の出現以来、番組の間に挿入されるCMはほとんど価値がなくなってしまった。それと反比例するかのように、ビデオ・オンデマンド(VOD)に関しては、米国での普及率が極めて高いケーブル放送局や、衛星放送局が主体となって、現在のVODサービスをより充実させていく形で、大きな市場が生まれつつある。(この展開は、日本におけるブロードバンド回線を利用した、パソコンによるコンテンツ視聴とは、大きく異なる)

 また、アップルが家庭向けに、リビングルームにおいても違和感を感じさせないデザインのホームサーバーのような製品を発表するのではないか、という噂がエキスポ開催前にインターネット上に飛び交っていたが、今の流れを見ている限り、遅かれ早かれ、それも実現すると考えるのが妥当だろう。自宅で、好きな番組を好きな時に見れるよう、コンテンツをプロバイダーからホームサーバーに蓄積し、家でくつろぎたい時には、50インチの薄型モニターで、外出時には、それをiPodに転送する。二階の勉強部屋から一回の居間まで降りていくのは面倒、それならば、勉強の息抜きには、同じネットワークに接続されているパソコンで同様にコンテンツを引き出す。自分の好きなコンテンツを好きな時に好きな場所で、好きな端末を使って見る。それが当たり前になってくると、いよいよ、「受身の情報収集をする為の箱」として、また、長年、消費者向けメディアの代表格として、私達の生活に影響力を持ち続けてきたテレビ、という箱の定義が難しくなってくる。そういう意味では、「テレビ」は死んでしまうのかも知れない。

コンテンツ配信の新たな戦略――ハード、ソフトにも波及

 放送以外のコンテンツを配信する企業も、着々と準備を進めている。NBAはすでにグーグルと提携して、デジタル化した過去の試合映像を有料で配信している。例えば、コービ・ブライアントのような、プレースタイルの派手なスター選手が高得点を挙げた試合(つまりコービの派手なプレーが思う存分見れる、という事だ)といった、ユーザーの好みに合わせて、リストから番組を選択できる仕組みだ。私の記憶に間違いが無ければ、NFLもIBMの協力を得て、デジタル・アーカイブに取り組んでいるはずである。その先にあるものは、NBAと同様、コンテンツのアラカルト=切り売りという展開だろう。テレビ局の編成局が放送時間帯を考慮してプログラムを組み、視聴者に流していく、という従来のブロードキャスティングというパターンも、同じ視聴者が、その時に最も欲しいコンテンツを手に入れられる、という状況に置かれていれば、意味合いが全く異なってくる。

 メディアは、もはや、消費者が情報を引き出す為の、データセンターとして、一部形を変えつつある。その中で、消費者に対して、どれだけの付加価値を分かりやすく提供し、時には、オピニオンリーダーとして、時には情報入手の水先案内人として、サービスを提供できるか、このあたりに、新しい時代での生き残りの鍵となる気がする。

 パソコンを中心とした、ハードウエア、ソフトウエアの業界にも、この大きな波は襲い掛かってきている。グーグルが食指を伸ばしている、ウエブサービス経由でのアプリケーション・ソフトの利用が本格的に立ち上がり、パソコンの本体ではなく、ネットワーク上で走っているアプリケーションを利用することが当たり前となれば、今までのような、原則として、1台あたり1ライセンスでユーザーの買い取り、が基本となっているソフトウエアビジネスは大幅な見直しが必要とされるだろう。

「超」消費者主導への対応力、企業の命運を左右

 これらはいずれも、消費者利益、という一点のみに限定して、一消費者の立場で考えると、実に楽しみな変化である。過去に企業主導型で作られてきた市場が、本当の意味で、消費者主導型の「超」カスタマーセントリックという形に変わってきている。市場は名実ともに、消費者によって作られていくのである。
 問題は、アップルやグーグルといった、一部の先端的な企業を除いて、そういった究極の顧客主導型、顧客至上主義、という流れに、どれだけ多くの企業が今後、真剣に対応していけるか、である。

 過去に築き上げられた企業ブランドや、過去の経験のみを今後の企業活動の指針とすれば、短期・中期的にはどうであれ、長期的には、その企業に明るい未来は望めないだろう。アップルは、過去の失敗から学び、その逆をとった結果として、見事に息を吹き返したのだと考える。同様の方法で、今後も市場をつかんでいく「老舗企業」もあるだろう。また、あって欲しいと思う。

 一方で、現況を冷静に考察し、顧客のニーズを正しく理解し、それを適正な時期に、適正な製品やサービスとして投入する、そんな究極のカスタマー・セントリックなビジネスモデルを追求する新興企業も、これから増えてくるはずだ。そういった存在は、既存の企業を脅かす。新参者であっても、消費者に近く、彼らの心をつかんでしまえば勝算がある、それが今の時代だからである。圧倒的な市場優位性を誇っていたマイクロソフトがグーグルをライバル視している――こんな報道があちこちでなされる現代を、数年前に誰が予想しただろうか。

 一年後に、第二のグーグルのような企業が誕生していても、私は決して驚かないだろう。IT市場は今、新たな革命期を迎えている。言ってみれば、消費者を巻き込んだ乱世といえる。そんな波動を感じる事が多い、今日このごろである。

<筆者紹介>江川 央(えがわ なかば)
デジタルメディア・コンサルタント
1965年米国ニューヨーク生まれ。1987年、自由学園男子最高学部卒業後、キヤノンに入社。海外マスコミ対応、多国語版社内報制作、F1鈴鹿グランプリにおけるスポンサー・チーム渉外、新規技術広報等を担当した後、1995年よりニューヨーク駐在。同年3月より、キヤノン初のウエブサイト設立を担当、設立後に同ウエブサイトの企画・制作業務を統括。1998年より、インタラクティブ・コミュニケーションズ・マネージャーとして、同ウエブサイト運営に加え、オンライン広告を中心にインターネット・ビジネスの展開に幅広く関与。2001年3月に、キヤノンを退社、デジタルメディア・コンサルタントとして独立。現在はマンハッタンにある大手法律事務所、Debevoise & Plimptonのナレッジ・マネージメント・チームをはじめ、依頼に応じて企業ウエブサイトの開発や、オンライン・マーケティング等に関するコンサルテーションを実施する一方、インターネット関連コラムへの寄稿をはじめ、ビジネス、社会、日米文化等にもテーマを広げた情報発信、創作活動を展開中。

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