【ネット時評 : 中村 伊知哉(慶應義塾大学)】
通信・放送融合 タブー廃しチャンスに変えよ

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 AT&Tが地域通信大手のベルサウスを買収するという。アメリカ通信業界はAT&T、ベライゾンの2強時代に突入する。ソフトバンクがボーダフォン日本法人を買収するという。日本は3強時代となる。通信分野はダイナミックに動いている。行政も事後チェック型の競争政策に移行している。
 かたや放送はどうか。昨年2月、ライブドアとフジテレビの攻防が勃発。11月には楽天とTBS。その結果、結局なにごともなし。まことに安定している。放送は地上デジタルの完成に邁進しており、行政も従来型のインフラ整備政策が続く。このようにダイナミズムの異なる両分野がどう融合するのか。
 通信・放送融合の議論が本格化している。政府、産業界、学界、マスコミ、いずれも意見が行き交っている。私は2月27日付け日本経済新聞「経済教室」に「二分法を抜本的に見直せ」と題する問題意識を寄稿した。インハイのストライクと思って投げたが、ビーンボールだとのお叱りも受けた。あれが危険球だあ?よけ方がヘタだぜ。この場では新聞で書けなかったもっと内角をついてみる。

ふたたび日本は追いかけるのか

 92-93年、私は郵政省で融合を担当していた。当時「融合」は行政上のタブーであった。昨夏ようやく情報通信審議会が「融合推進」と記すところまできた。「放送コンテンツを通信ネットワークで活用することは日本にとってメリットが大きい」とする主張は12年空転したのだ。そして今、日本はブロードバンドで世界をリードしている。チャンスである。
 しかし日本には2つの波が来ている。まずアメリカ。今年の冒頭、Google、Yahoo!、マイクロソフト、Appleといったネット系、コンピューター系の巨人がハリウッドのコンテンツを引っ下げてネット映像サービスを世界展開することを宣言した。日本の業界が融合か連携かといった言葉遊びをしているうちに、根こそぎ持って行かれはしまいか。
 次に韓国。テレビとネットの結合サービスで先行している。行政対応でも、情報通信部がイニシアチブを発揮している。今になって日本では通信行政とコンピューター行政の組織統合が議論されているが、98年の省庁再編当時、通信行政を委員会にして政府の外に出す議論に終始していたのはどの国だ(私が政府を離れた理由の一つがこの議論だったので、誰が何を言っていたかは忘れない)。
 5年前に策定したe-Japanは米韓へのキャッチアップ政策だった。それが成功し、世界のトップランナーになったと政府は胸を張る。この年度末でそれも区切りを迎える。が、融合問題でまたも日本は米韓の後追いをしたいのか。せざるを得ないのか。

タブー廃する議論尽くせ

 そこで総務大臣の「通信と放送の在り方に関する懇談会」に期待がかかる。先日、慶應大学で開催された「日韓メディア融合政策シンポジウム」の席上、大臣秘書官の岸博幸さんが語った。「世界の中の日本の状況を第一に考えるべきだ。」そのとおり。外から見ればピンチであり、構造改革のチャンスである。
 是非タブーを排する議論を尽くすべきだ。ひとしきり議論をしておけば、制度や政策というものは、技術やニーズに沿って自然に動いていくものだ。今の状況は、93-94年、「融合」「デジタル放送」というタブーが打破された頃の空気に似ている。2006年を日本のチャンスとして生かしたい。
 方向性は明らかだ。技術進歩の恩恵を利用者・国民が享受できるよう、制度的なネックを解消することである。そのためには、通信・放送の二分法を再編することと、技術中立・オープンな行政へと転換することの2点が求められる。

競争力強化へのプラン

 ここで大事なのは、NHKやNTTを叩くことに終始していてはいけないということだ。日本の競争力を強化することを考える必要がある。国ぜんたいの力をどうすれば伸ばせるのか。無論、改革には痛みを伴う。時間もかかる。政治的に困難なことも多い。だが、あえて勝手プランを以下に並べてみる。

1) 電気通信役務利用放送の著作権問題
 IPマルチキャストの著作権問題は、電気通信役務利用放送法制定時(2001年)の行政ミスだ。直ちに決着すべし。著作権法改正が取りざたされているが、これまでも解釈で通信か放送かを分けてきたのだから、解釈で解決できる。問題はもうそこにはなく、IP業界と音楽業界との間の条件をめぐる政治調整に移っている。行政はこれに力を貸すべきだ。

2) NHKコンテンツの通信利用
 国民の共通資産ともいうべきNHK番組アーカイブ所蔵作品のブロードバンド利用を図る。積極展開しているBBCの事例も参考にしよう。コンテンツを新技術で展開し、誰もがアクセスできるようにすることは、放送法上、技術開発とユニバーサルサービスを目的とするNHKのデジタル時代における義務ではなかろうか。
 NHKに関しては規模縮小や受信料制度改定といった議論が先行しているが、新しい時代の公共性をどう発揮させるかの検討もすべきであろう。

3) ハード・ソフト分離
 同じくNHKの力を発揮させる手法として、これもBBCの事例をはじめ欧州の放送局の例を参考にしつつ、ハード・ソフト分離の可能性を考えてはどうか。たとえば伝送(ハード)を担当する組織を通信会社たる株式会社として独立させ、放送伝送のほか、移動体通信その他の通信業務を認める、といったアイデアだ。
 民放はハード・ソフト分離に否定的だが、民間企業だから無理強いせずともよい。それよりも、分離型を望む新規事業者にビジネスチャンスを与えられるかどうかの問題だろう。たとえばMediaFloを用いた携帯電話向け電気通信役務利用放送の技術・ビジネス実験を地域限定で行うといったアイデアはどうだろう。電波さえあれば法改正を要さずに実施可能だ。

4) NTTの完全民営化
 NTTの放送進出など自由な事業展開を可能とすべく、NTT法を廃止して完全民営化を図る。そのためには、NTT法が求めるユニバーサルサービスと研究開発の2つの公共性を保証する必要がある。このうちユニバーサルサービスは電気通信事業法上のスキームで対応可能だ。研究開発はNTTひとりの問題ではなく、NHK放送技術研究所や情報通信研究機構(NICT)などの公的機関との連携・合体など、国としての戦略を整理する必要がある。
 ここで重要なのは、完全民営化と同時に、競争環境を整備する構造改革が避けられないということだ。ボトルネックの解消に向けた規制が併せて講じられることとなろう。

 なお、これら施策は短期・中期的な課題と位置づけられる。長期的には、通信・放送の二分法からなる法体系を抜本見直しすることが求められる。これについては次の機会にでも。

<筆者紹介>1961年生まれ、京都市出身。京都大学経済学部卒。在学中はロックバンド"少年ナイフ"のディレクターなどを務める。1984年郵政省入省。電気通信局、放送行政局、登別郵便局長を経て、通信政策局でマルチメディア政策、インターネット政策を推進。93年からパリに駐在。帰国後は官房総務課で規制緩和、省庁再編に従事。98年に郵政省を退官、CSK特別顧問に就くとともに渡米、MITメディアラボ客員教授に就任。2002年9月より現職。国際IT財団専務理事、社団法人 音楽制作者連盟顧問、NPO「CANVAS」副理事長を兼務。著書に『インターネット,自由を我等に』(アスキー出版局)、『デジタルのおもちゃ箱』(NTT出版)など。

中村伊知哉氏のホームページ
http://www.ichiya.org/

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