【ネット時評 : 谷脇康彦(総務省)】
ネットワークは中立的か?PART3――日米で進む議論の潮流を読む

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 「ネットワークの中立性(network neutrality)」という言葉をネットで検索してみた。日本のウィキペディアでは見つからなかったが、アメリカのウィキペディアでは、その歴史や経済学的意味などについて詳しく解説されている。今年に入ってようやく日本でも取り上げられるようになってきた、この「ネットワークの中立性」の議論。当初は概念の世界で語られることが多かったが、最近はより具体的な事例を基に議論され始めている。ネットワークの中立性に関する最近の日米の議論を整理してみたい。

米連邦議会で一進一退を続ける議論

 米国でのネットワークの中立性の議論は、本欄でも過去2回レポートしてきた(注)。今年に入って連邦議会やこれを取り巻く関係団体の動きが激しさを増しているものの、一進一退の状況だ。今秋の中間選挙をにらみ、微妙な政治的な駆け引きが続いている。

(注)
「ネットワークは中立的か?――高まるレイヤー型競争論」(04年4月)
http://it.nikkei.co.jp/business/column/njh.aspx?n=MMITs2141007052004
「ネットワークは中立的か?――動き出した米国の議論」(05年10月)
http://it.nikkei.co.jp/business/column/njh.aspx?n=MMITs2012027102005

 例えば、最近では本年3月、ワイデン上院議員(民主党、オレゴン州選出)がネットワークの中立性に関する法案を提出。この法案では、通信事業者がコンテンツ事業者に対して有料で優先的に帯域を割り当てることを禁止するよう提案。これに呼応するかのように、上院商業・科学・運輸委員会のスティーブンス委員長(共和党、アラスカ州選出)とイノウエ筆頭理事(民主党、ハワイ州選出)も、今月はじめ、「コンセンサスには至っていないが、ネットワークの中立性の規定は連邦通信法の見直しに何らかの形で必ず盛り込まれるだろう」と発言し、法改正の実現に意欲を見せている。

 他方、下院でもエネルギー商業委員会のバートン委員長(共和党、テキサス州選出)が最近新たな法案を発表した。この法案は珍しいことに、FCC(連邦通信委員会)の政策決定を法案に直接引用する形を採っている。

 その法案の内容を少し見てみよう。昨年8月、FCCは4原則からなるブロードバンド政策宣言を発表した。実のところ、この政策宣言は「消費者にインターネット上のコンテンツを自由に利用する権利を認める」といった曖昧な規定にとどまっているが、今回の法案は、この政策宣言を根拠に紛争事案が提起された場合、これを処理する権限をFCCに与えるとしている。他方、政策宣言を基に規制を導入する権限をFCCに与えるものではないと釘をさしている。

多面的なネットワークの中立性の議論

 ネットワークの中立性の議論は、人によってさまざまな観点から語られるが、大きく分けて2つの側面がある。その一つは、設備を保有する通信事業者が上位レイヤー(コンテンツ、アプリケーション)に対してオープン性を確保しているかどうかという問題。具体的には、通信事業者が競合関係にある特定のサイトへのアクセスについて帯域を絞る行為が公正競争上の観点から問題がないかどうかという議論だ。 
 最近、映像コンテンツの大量配信やP2P型のファイル交換が急増している。家庭向け光ファイバー通信(FTTH)の普及による上り帯域の拡大がこれに拍車をかけている。こうした中、ネット混雑を緩和するために緊急避難的に帯域制限をするのは理解できる。しかし、そこに事業戦略上の思惑が入り込むことは認められるのか――。
 もう一つは、ネットワークを増強するためのコストを誰がどのように負担するのかという議論。ネット上のトラフィックが急増する中、ネットワーク設備の増強も急務だ。しかし、誰がそのためのコストを負担するのか。常時大量に帯域を使っている一部の利用者(ヘビーユーザー)に対して帯域別の料金を導入すれば良いかも知れない。リッチコンテンツを流しているコンテンツプロバイダーが追加的にコスト負担すればいいかも知れない。
 しかし、ヘビーユーザーやコンテンツプロバイダーから追加料金を徴収するとしても、その追加徴収分がネットワーク設備を増強した関係事業者全体にもれなく行き渡る保証(市場機能)があるだろうか。そもそもコンテンツの配信ルート自体が特定されないのではないか。複数のISP経由でコンテンツ配信するのに帯域保証(エンドエンドでのQoS保証)は出来るのか……など、考えるべき点は多い。

対立の構図が明確になった米国の議論

 米国では通信業界の大合併が進む中、旧AT&TやMCIといった競争的通信事業者(CLEC)が舞台から去り、RBOC(ベル系地域電話会社)とCATVという二大勢力が残った。こうしたRBOC・CATV連合軍は、今後、膨大な光関連投資が見込まれる中、上位レイヤー(グーグル、ヤフー、アマゾンなど)に対し、「ネットワークにタダ乗りしている」として攻勢をかけている。

 設備を持たない上位レイヤーのプレーヤーにとってみれば、ブロードバンド基盤の整備が進む中、帯域を恣意的に絞る権利や追加料金を徴収する権利を通信事業者側に認めれば、首根っこをつかまれたまま競争せざるを得ないし、それでは競争にならないという強い懸念がある。ブロードバンド化の中で通信事業者が垂直統合型のビジネスモデルを展開することに対する一種の警戒感とも言える。
 このように、米国ではネットワークの中立性を巡る議論において、「RBOC・CATV連合軍」対「上位レイヤー連合軍」という対立の構図が明確になってきている。

先駆けて問題に直面する「光の国」日本

 他方、日本では先行してブロードバンド環境の整備が進展し、その後、昨年後半あたりからブロードバンド経由の映像配信サービスが多数登場し、その利用も急増している。
 こうした中、総務省で開催している「IP化の進展に対応した競争ルールの在り方に関する懇談会」が実施した本年2月の公開ヒアリングにおいて、例えば、NTTは「大量のIPトラヒックを流すコンテンツ配信やP2P通信等が今後普及していく」中、「設備構築のコスト、ブロードバンドサービスのQoS確保、エンドユーザーの利用の公平性等の観点を踏まえて、これらのサービスを提供する上位レイヤー事業者とネットワーク事業者の間の費用分担の在り方を整理することが必要」との考えを示した。
 光ファイバー網の整備が進んだ「光の国」日本は、ブロードバンドインフラが行き渡ってきたが故に、実は米国に先駆けてネットワークの中立性を巡る議論が具体的に進む可能性がある。IPマルチキャスト方式による地上デジタル放送の再送信なども、こうした議論を加速化させるかも知れない。

 前述の総務省の懇談会では、ネットワークの中立性を巡る議論について、5月10日まで広く意見を求めている。インターネットは規制のないところで成長してきた。オープンインターネットの原則は今後とも重要だ。しかし、インターネットが一部利用者のものでなく、社会経済の基幹インフラになろうとしている今こそ、通信事業者のみならず広く関係者の意見を踏まえた議論が必要だろう。数多くのご意見が懇談会に寄せられることを期待したい。

「IP化の進展に対応した競争ルールの在り方に関する追加意見募集」
http://www.soumu.go.jp/s-news/2006/060404_2.html

(本稿中、意見にわたる部分は筆者の個人的な見解です)
 

<筆者紹介>谷脇 康彦(たにわき やすひこ)
総務省 総合通信基盤局料金サービス課長
1984年郵政省(現総務省)に入る。OECD事務局ICCP(情報・コンピュータ・通信政策)課勤務等の後、郵政省電気通信事業部事業政策課補佐、郵政大臣秘書官、電気通信事業部調査官、在米日本大使館参事官等を歴任。2005年8月より現職。主として通信放送分野の競争政策に携わってきている。著書に「融合するネットワーク――インターネット大国アメリカは蘇るか」(かんき出版、05年9月刊)。

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