【ネット時評 : 荒野高志(インテック・ネットコア)】
産業と融合する通信インフラ――ネットワーク社会の新たなアーキテクチャーとは

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携帯電話やインターネットなど、情報通信インフラの普及は生活シーンを大きく変えつつある。携帯電話は言うに及ばず、最近ではWeb2.0が個人の所属する組織を超えた新しいコミュニケーションスタイルを創出し、それらが企業マーケティングのあり方にも影響を与えはじめた。一方で、e-Japan戦略やIT新改革戦略といった政策目標のひとつでもある、ICTの利活用による各種産業の一層の生産性向上、価値創造、ひいては産業構造の変革というような成果はなかなか見えてこない。産業分野によって通信インフラ利活用レベルがバラバラである、という産業側の問題もさることながら、それらを支える共通インフラのあり方が、各産業関係者を横断する形で十分に議論されていないということにもあるように思う。

「ただ乗り」論を越えて

NTTコミュニケーションズなどが主張するアプリケーションサービスの「ただ乗り」論が話題である。無料動画配信サービス「GyaO(ギャオ)」などブロードバンドアプリケーションの急速な利用拡大は、定額制料金とあいまってISP(インターネット接続事業者)や通信事業者の台所事情を厳しくしているのだ。一方アプリサービス側も、ピアリング、ベストエフォートといった現在のインターネット慣行にのっとったサービス展開を行っているわけだから、一方的なただ乗り批判は受け入れがたいだろう。
ところが、少し視点を広げてみると違った構図が描ける。放送業界の既得権益を崩し、エンドユーザーにメリットのある新しいインターネット放送広告モデルを確立するという観点からは、両者は本来ベストパートナーであるべきものだ。単にインフラコストをどちらが負担するかというよりは、他業界まで視野に入れたより上位の全体最適解が求められているのではないだろうか。

レイヤー構造と垂直統合型ビジネス

IP(インターネットプロトコル)というオープンな技術は、これまで常に同業者間で競争が行われていた世界を、異なる産業分野に属し、強みも違う業者間での競争が可能な世界に変えつつある。通信インフラの持つ公共性という問題も視野に入れつつ、政府の競争政策も従来と異なる考え方を必要としてきた。総務省の谷脇康彦氏もこのコラムでネットワークの中立性の問題を取り上げている(第2回第3回)。米国では旧来、固定/携帯/放送/CATVごとに決められていた規制体系が、コンテンツ・取引/アプリケーション/論理網/物理網のようなレイヤーごとの規制体系に再整理が始まっているという。しかし垂直統合型ビジネスが台頭してくると、上位レイヤーと下位レイヤーとの間の公正競争の担保という非常に難しい問題に直面することになる。日本の場合、担当省庁もレイヤーで分割されていることを考えると、情報通信省議論にまで及ぶかどうかは分からないが、少なくとも今後ますます省際的な取り組みが重要となろう。

インターネットか、NGNか

技術的に見ても、ネットワークのアーキテクチャー議論が揺れている。インターネットはそのオープン性によりアプリケーションサービス提供側に対し劇的に低いコスト構造を提示したが、セキュリティーや安定性といった、ある種の応用には不可欠な課題をいまだに解決できていない。Winny問題を見るまでもなく、セキュリティーという不安要素は解決するどころか、さらに大きな問題となりつつある。
また、トラフィックの急増も将来の不安定さの要因として懸念される。インターネットは果たしてすべての産業を乗せるに十分なインフラなのか? 一方、それを解決すべくNTTなどの通信事業者はNGN構想(Next Generation Network)を計画している。これは強固なインフラとして期待は高いものの、“電話時代に逆戻り”した融通の利かないインフラ、と見られる向きもあり、多様な応用分野からの要望をどのくらい吸収できるのか疑問、とする声も上がっている。どちらのケースを考えても、より上位層とのコミュニケーションが圧倒的に不足しているのではないか?

IP枯渇問題、そしてIPv6の真価は

次世代のIP技術として注目されていたIPv6も、IPv4アドレスの枯渇時期が近いにもかかわらず、普及の足取りは遅い。最新の予測では2009-2016年にアドレスが枯渇する、と専門家の間では意見が一致している。早い方を取れば、地上アナログテレビ放送の停波(2011年)よりも先に「その日」がやってくる可能性がある。政府、放送局、受像機メーカーなどが一体になって準備を重ねている地上デジタル対応と比べると明らかに対応が遅い。IPv4アドレス枯渇は通信事業者やISPにとっては新規顧客が獲得できなくなるという意味で事業継続性リスク管理の視点からもっと対応されるべきものである。
また、IPv6は枯渇の問題でだけ語られるべきものでもない。すべての「もの」に振られるグローバルユニークなIPv6アドレスは、すべての産業ネットワークとその上の「もの」を個別に識別でき、その特性からさまざまな産業をシームレスに連携させるためのインフラを提供できる技術としてとらえることができる。IPv6という産業間の「糊(のり)」を、日本の武器として他国に対する現状のリードを保ったまま、実用フェーズに突入することは日本産業全体にとっても大きなインパクトがあると考える。

すべての産業と通信は融合する

少々散漫に思いつくところをあげてみたが、これらは通信インフラの立場から見ると、すべて「ANY産業と通信の融合」という大きなテーマである。放送と通信の融合が注目されているが、直接的な機能競合という意味はあるものの、基本的にはそのANYのなかのひとつの象徴的なものでしかない。通信を提供する側にとって重たい課題となっているのは、ANY産業との融合が同時並行して進んでいくだろうということだ。もはや猶予はなく、通信インフラは近い将来大きな転機を迎えることになろう。
今まさに「インフラをどう進化させていくか」と「それをどうすれば産業全体で、そして社会全体で活用していけるのか」を、一体的に議論することが必要である。現在、各産業、各企業、通信インフラ側などでバラバラに進んでいるような個別最適解では全体の生産性はそれほど向上しないであろう。そういった全体最適化を求める議論を通じて、真に有効な情報インフラの整備と、それを産業、そして社会全体がスムーズに、かつ縦横に活用できる環境のあり方を求めていく時期に来ている。
 

<筆者紹介>荒野 高志(あらの たかし)

インテック・ネットコア社長
1986年東京大学理学部情報科学修士過程終了後、日本電信電話入社。OCNの立ち上げ時よりネットワーク設計、構築、運用を担当。その後、日本および世界のIPアドレス管理ポリシー策定のため、JPNIC IP-WG主査や、99年より国際的なインターネットガバナンス組織であるICANNのアドレス評議委員を務める。また、日本インタネット協会Y2KCC/JP代表としてインターネットY2K問題対応を現場(大手町)で陣頭指揮し、JANOG(日本ネットワークオペレーターズグループ:会員2500人、業界横通しの技術交流・議論の場)を組織した。最近では社内外で、次世代ネットワークプロトコルであるIPv6の実現・普及啓蒙活動に従事しており、現在、IPv6 Forumのボードメンバやインタネット協会IPv6デプロイメント委員会議長などを務める。

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