【ネット時評 : 土屋大洋(慶應義塾大学大学院)】
携帯電話の「自己触媒的発達」

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 ピューリッツァー賞を受賞した『銃・病原菌・鉄』というおもしろい本がある。著者のジャレド・ダイヤモンドは、なぜ世界の地域に格差が存在し、西欧が世界を圧倒するようになったのかを論じている。その結論は同書に譲るとして、その中で技術に関して興味深い指摘がされている。いわく、技術は「自己触媒的に」発達するというのだ。

 自己触媒的な発達とは何か。その過程においては、ある過程の結果そのものがその過程の促進をさらに速める正のフィードバックとして作用する。つまり、新しい技術はさらに次の技術を誕生させる。既存の技術に精通していると、次の技術革新へとつながりやすくなる。また、新しい技術や材料が登場することによって、新旧のものが組み合わさり、別の新しい技術へとつながっていく。こうした技術の自己触媒的な発達が、世界の地域格差を広げる一因となった(無論、それだけではない)という。

おかしな日本の携帯電話市場

 日本の携帯電話市場はどうも世界的に見ておかしい。国際比較のデータを見てみると、各国が第三世代携帯電話への移行を躊躇しているにもかかわらず、日本はもっとも加入者数が多い(ただし、普及率では韓国がトップ)。ヨーロッパではプリペイド携帯が半分程度を占めるが、日本はほとんどがポストペイド(後払い)になっている(韓国や米国も比較的多い)。携帯電話端末のインターネット対応比率は日本が94パーセント、韓国が89パーセントなのに対し、米国は33.5パーセント、英国は12.8パーセントだという。1加入者当たりの月間通話時間を見ると、米国は630分もあるが、韓国は316分、日本は154分で、日本はデータ利用の割合が高い。そして、電子マネー機能を搭載するなど世界的に見ると超高機能な端末がよく売れている。
 もっとも顕著な違いは、端末の販売期間である。海外の市場では同一機種が2年間にわたって販売され続けるのに対し、日本では半年で販売終了になってしまう。利用者がどんどん新しいデザイン、高度な機能の端末を求めるため、半年ごとに携帯電話事業者とメーカーは新製品を出さなくてはならない。
 その背景として指摘されているのが販売奨励金の存在である。端末メーカーから携帯電話事業者がいったん端末を買い上げ、それを販売店に卸す。その際に販売奨励金というインセンティブがつけられ、これを原資に販売店は安売りをする。その結果、最新機種もしばらく経つと一気に値段が下がって買い得となる。この販売奨励金はいずれ利用者の月額料金から分割して回収されるので、利用者が長期にわたって使い続けてくれれば元はとれることになるが、利用者はあっさりと新製品へと移っていく(ナンバー・ポータビリティがまもなく始まることで利用者が大きく動くと考えられているが、若い人たちは友達関係を一定期間で「清算」するために頻繁に携帯を変えていることも多く、それほど大きな変化はないかもしれない)。

苦戦する日本の携帯端末メーカー

 こうした消耗戦が続いた結果、世界市場での端末シェアでは、安くて低機能の端末を売るノキアやモトローラ、サムソンやLGといった会社が大きなシェアを占め、日本メーカーは苦戦している。世界では第二世代携帯電話がまだ広く使われているため、日本の高価な第三世代携帯電話を持って行っても誰も買ってくれない。そのため、シェアがいっこうに伸びない。
 逆になぜ格安の端末が日本市場に入ってこないのか。仮に3000円で買える低機能端末が店頭にあったとしても、最先端ではないが高機能の端末が販売奨励金で値下げされて1円になっていれば、利用者は後者を買ってしまう。通話だけしかできない低機能端末よりも、有料のデータ通信を使ってもらえる高機能端末のほうが携帯電話事業者にとっても儲けにつながる。

グローバルな潮流の転換は来るのか

 そうはいっても、低機能端末が日本市場に入ってくるのも時間の問題だという声も強い。しかし、潮流は徐々に日本型へと向かってきている気配もある。つまり、格安低機能端末は、端末メーカー主導で開発され、大量に生産され、携帯電話事業者に売られることになる。しかし、携帯電話事業者側からすれば、利用者一人当たりの利益を上げるために、独自のサービスを使いやすく作り込んだ高機能端末が欲しくなる。そうした携帯電話事業者の側の要望をくんでくれる端末メーカーを優遇したくなる。そうした動きが徐々に進み始めているようだ。
 日本の携帯端末メーカーは確かに今苦戦を強いられている。しかしひょっとすると、第三世代携帯電話が世界市場で主流になり、うまく携帯電話事業者とパートナーシップを組むことができれば、これまでのノウハウを生かして再びシェアを拡大させることができるかもしれない。端末のプラットフォーム化が進んできており、効率的な部材の利用も進み始めてきていることも好ましい要因だろう。
 携帯電話技術の自己触媒的発達が日本市場では起きている。高い端末を短期間で買い換えるどん欲な利用者を抱えた日本市場は、発達の過程を急速に進めている。『銃・病原菌・鉄』では、新しい技術の受け入れ準備が進んでいない社会では、どんなに進んだ技術でも採用されないとも指摘されている。技術が突然世界を変えるのではなく、社会が技術を選ぶのだ。日本にはソニー・エリクソンも含めると11社の携帯端末メーカーがあり、外国メーカーも参入し始めた。各社のこの夏の携帯電話新機種が出そろったが、この自己触媒的発達の過程をうまく軟着陸させ、進んだ技術を国外に運び出せるかどうかが今後のポイントではないだろうか。
 

<筆者紹介>土屋 大洋(つちや もとひろ)
慶應義塾大学 総合政策学部助教授
1970年生まれ。慶應義塾大学総合政策学部助教授。1999年慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科後期博士課程修了。博士(政策・メディア)。1999年、国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)講師・主任研究員。2001年から2002年までフルブライト研究員、安倍フェローとして渡米、メリーランド大学客員研究員、ジョージ・ワシントン大学客員研究員を兼任。2002年、国際大学グローバル・コミュニケーション・センター助教授・主任研究員。2004年1月、富士通総研経済研究所客員研究員を兼任。2004年4月から現職。専門は国際政治学、情報社会論。主著に『ネット・ポリティックス-9.11以降の世界の情報戦略-』(岩波書店、2003年)、『情報とグローバル・ガバナンス-インターネットから見た国家-』(慶應義塾大学出版会、2001年)、『ネットワーク時代の合意形成』(共著、NTT出版、1998年)等。

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コメント一覧

興味深い記事ですが、数字で不明なところがあります。

「1加入者当たりの月間通話時間を見ると、米国は630時間もあるが、韓国は316時間、日本は154時間で、日本はデータ利用の割合が高い。」

の部分はどういう意味なのでしょうか。
「携帯電話1契約あたり月に630時間通話をしている」と取りましたが、1日約21時間通話していることになるのでは? それが平均とはとても思えないのですが。

投稿者 : KEN 2007-4-13 12:57

KEN様

お世話になっております。
ご質問の件、調べましたところ私共の記載ミスであることが分かりました。
上記のように訂正させていただきます。
深くお詫び申し上げます。
また、ご指摘いただきありがとうございました。

投稿者 : デジタルコア事務局 2007-4-14 01:10

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