【ネット時評 : 金 正勲(慶應大学)】
メディア融合時代における「競争」と「公益」の調和――竹中懇最終報告に寄せて

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 6月6日、竹中平蔵総務相の私的懇談会である「通信・放送の在り方に関する懇談会」から最終報告書が提出された。その主な改革項目としては、「NHKガバナンスの抜本改革」、「NHKのチャンネル数削減」、「受信料の義務化」、「国際放送の強化」、「放送番組のネット配信の促進とそのための著作権法の改正」、「マスメディア集中排除原則の緩和」、「放送事業者の番組外部調達の拡大」、「NTTグループの解体」などが挙げられる。

「競争促進」と「公益性増大」の関係

 このように様々な改革案を打ち出した今回の懇談会であったが、キーワードは何といっても「競争促進」である。公正な競争環境の整備によってこそ、自由な市場参入・競争が行われ、新しいサービスがより低廉な料金で、より自由に提供されるようになる。その結果、市場が活性化し、国際競争力が高まり、そして消費者利益が最大化される、というのが今回の改革案を根底から支えるロジックであろう。

 ここで、メディア融合政策には、「競争促進」と「公益性増大」という二つの微妙な関係を持つ政策目標が混在しているということを、まずは認識する必要がある。放送の文脈でいえば、「競争促進」というのは市場効率性の増進を主要目的としたものであるのに対し、「公益性増大」は放送の公平性、文化の保護・促進をその主要目的とする。両者の関係性をどのように捉えるのか、がこれからのメディア融合政策を考えていく上で極めて重要な選択となる。

 例えば、両者の関係を相反関係として捉える立場(=既存の放送局の立場)では、競争進展==>巨大資本による独占構造の発生==>所有の多様性の低下==>内容の多様性の低下==>放送の公益性の減少、といったロジックを主張する。一方で、両者の関係を補完関係として捉える立場(=大臣懇談会の立場)は、競争進展==>新しい事業者やサービスの登場が加速==>市場効率性増進==>所有の多様性の増大==>内容の多様性の増大==>放送の公益性の増進、といったロジックを展開する。この二つのロジックで共通するのは、メディアに対する所有の多様性(ownership plurality)が、内容の多様性(program diversity)をもたらすという因果関係を想定している点であり、これはマスメディア集中排除原則のようなメディア所有規制を支える論拠であった。

レイヤー型規制環境で政策目標の分離が可能に

 既存の放送政策を合理的たらしめていた要素は、大きく次の二つに分けることが出来る。一つは、希少資源としての電波資源であり、もう一つは、放送コンテンツの社会的影響力の大きさである。しかし、デジタル技術の発展やブロードバンドネットワークを始めとする放送コンテンツの配信手段の多様化といった近年のメディア環境の変化は、既存の放送政策の大前提であった電波資源の希少性や既存のマスメディアが持つ絶対的ともいえる社会的影響力を相対的に減少させた。それが規制政策側の主な関心事を「公益性増進」から「競争促進による効率性増進」へとシフトさせる動因になっている。このような流れは、米国や、特に近年の英国において著しく見られる現象である。

 今までの日本における垂直的な規制体系やそれによって形成されたソフト・ハード一致の産業構造においては、公益性増進という名のもとで「迂回(うかい)的」に形成された垂直統合の独占構造により、特に放送業界における競争が阻害されてきたという経緯がある。このような事業領域別に分類した垂直的な規制環境においては、ソフト(=コンテンツ)部門における公益性増進とハード(=伝送)部門における効率性増進、という二つの政策目標を同時に追求しなければならないという難しさがあった。

 しかし、レイヤー(層)型の水平的な規制環境においては、二つの政策目標を分離し、公正競争環境の整備を通じた効率性増進に規制当局が力を集中することができるようになる。この水平的規制体制下では、実質的に同じサービスが提供される場合、使用する伝送網の種類に関係なく、同じ規制を適用するという、いわゆる技術中立性がより実現しやすくなる。その結果、異業種事業者間での競争のダイナミズムが促進され、ユーザーはより多くの革新的なサービスやコンテンツの利用が可能になるというメリットがある。今回の大臣懇談会もこのレイヤー基盤の水平的な規制方式を採用し、競争と公益性をバランス論として捉えるのではなく、公正競争環境の整備の優先順位を上げ、その結果として公益性が増進されるというロジックを一貫して採用してきた点にその最大の特徴がある。

競争と公益の調和へ、知恵を結集せよ

 いずれにしても重要なのは、公益性を確保しながらいかに産業競争力を高めるかという、競争と公益の調和の可能性を模索することであり、そのためにも政産官学の知恵を結集させ、今回の大臣懇談会によって活発化されたメディア融合政策議論を更に加速させる必要があろう。

<筆者紹介>金 正勲(Junghoon Kim)慶應義塾大学 デジタルメディア・コンテンツ統合研究機構 助教授
韓国生まれ。1999年から2002年まで米国インディアナ大学テレコミュニケーション学部アソーシエイトインストラクター、『情報社会論』、『情報通信産業経営論』等を担当。知的財産研究所外国人招聘研究員、ドイツ連邦防衛大学標準化研究部門客員研究員、欧州共同体(EU)標準化教育プロジェクト・エキスパートパートナー、英国オックスフォード大学知的財産研究センター客員研究員。主な研究分野は、メディア融合論、デジタルコンテンツ産業論、技術標準化と知的財産権等。2004年から慶應義塾大学デジタルメディア・コンテンツ統合研究機構助教授。

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