【ネット時評 : 今川 拓郎(総務省)】
通信市場の「ジレンマ」――光ファイバー普及、市場集中を誘発

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 通信・放送の改革案が各所で議論されてきたが、通信分野の改革については2010年に検討を行うことで政府・与党が合意した。しかし、2010年まではあと4年。ドッグイヤーの通信市場では、その7倍の30年弱に相当する程の地殻変動が生じる可能性もある。

 この間の通信市場の変化をいかに的確に把握・分析し、問題提起とオープンな議論を通じて政策に反映させていくかがキーポイントになる。この市場ウオッチャーの役割を果たすのが、総務省が2003年度から始めている「競争評価」である。

最先端を走る日本の競争評価

 通信市場では、1985年の通信自由化以後の競争の進展に伴い、事前規制から事後規制へのシフトが進んでいるが、この事後規制の柱の一つが競争評価である。これは、豊富なデータをもとに市場を細かく分析することによって市場動向や競争状況の把握を行い、競争政策の見直しに反映させていく客観的な仕組みだ。市場規模の推移など市場動向にとどまらず、主たる事業者の市場シェアなどを定期的に行政が公表し、ダイナミックな競争状況の可視化に取り組んでいる(注1)。行政によるこのような主体的かつ本格的な競争評価の取り組みは、日本では通信市場の他には例がない。
 EUでも、重大な市場支配力(SMP)を有する事業者の規制に反映させるための市場分析(Market Analysis)を義務付けた「枠組み指令」に基づき、各国が市場分析を逐次導入しつつあるが、その他の地域ではこのような体系的な評価制度が導入されている国はない。日本の通信分野における競争評価は、導入後まだ日が浅く改善すべき余地もあるものの、EU諸国と並んで世界でも最も先駆的な試みといえる。

(注1)
各通信市場における主要事業者の市場シェアを、四半期毎に公表する取組みを始めている。6月22日には、平成17年度第4四半期の競争状況を公表しているので、参照されたい(http://www.soumu.go.jp/s-news/2006/pdf/060622_2.pdf)。

大きな転換期を迎える通信市場

 競争評価の役割は、第一に複数市場間の相互依存関係を分析することである。図1は通信市場での各サービスの契約数の推移を示すが、この図は2つの大きな構造変化が起こっていることを示している。
 第1の変化は、固定から移動へのシフト。2000年を境に、固定電話と移動電話の契約数が逆転した。携帯電話・PHSは爆発的に普及して9600万加入を超え、一方で固定電話は6000万加入付近で緩やかな減少を続けている。第2の変化は、加速するブロードバンド化・IP化の流れ。高速・超高速のブロードバンドは2300万加入を超え、IP電話も1100万を超えた。そして、今、光ファイバーが本格的に普及する時代を迎えつつある。
 光ファイバーの普及は、2006年に入って猛烈な勢いとなった。1~3月期の光ファイバーの純増数はブロードバンド全体の純増数の9割弱を占めるに至ったが、ADSLの純増数は急減し純減に転ずるのも時間の問題となった。また、光ファイバーを利用した新型のIP電話サービス(0ABJ-IP電話、従来の方式と同じように10桁の番号を用いるIP電話サービス)は、3月末に142万加入となり、前年同月比で647%増を達成。ADSLと光ファイバー、NTT加入電話と0ABJ-IP電話の代替性の高まりが顕著となり、市場の融合を象徴するデータが次々と明らかになっている。
 
図1 通信市場における各サービスの契約数の推移(単位:万契約)
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一層高まるNTTグループの圧倒的な存在感

 競争評価の第二の役割は、事業者間の競争状況を分析することである。図1に見た通信市場の構造変化の下で、競争環境がどう変わっていくかを正確に把握する必要がある。そのために、事業者数、価格、市場集中度(事業者別シェア、集中度指数)、利益率、ネットワーク構造等のさまざまな要素を分析し、市場毎の市場支配力の有無を検証する手法をとっている。
 光ファイバーへの移行が本格化する中での競争環境の変化を一言で表せば、NTTグループの市場シェアの増加傾向である。図2は、ADSLと光ファイバーにおけるNTT東西のシェアの推移を示す。加入者回線の徹底した開放により競争が活発化したADSL市場ではNTT東西のシェアは約4割だが、光ファイバー市場では6割を超す。また、FTTH市場でのシェア増が鮮明な一方で、ADSL市場においてもシェア増の傾向にある。
 このような傾向はブロードバンドにとどまらない。競争評価では、ブロードバンド領域に加え、固定電話領域(NTT加入電話、直収電話、0ABJ-IP電話、中継電話、050-IP電話など)、移動体通信領域(携帯電話、PHS)、法人向けネットワークサービス領域(新型WANなど)について競争状況の分析を行ったが、直収電話に押されるNTT加入電話、auとの競争が厳しい携帯電話を除くほぼ全ての市場で、NTTグループの市場シェアが増加傾向にあることが認められた。光ファイバーへの移行が進み、世界最先端のブロードバンド環境が不動の地位になることは喜ばしいが、その過程で、ただでさえ巨大なNTTグループの存在感がさらに高まったのでは、大きなジレンマを抱えてしまう。競争評価としては、このような懸念を踏まえ、市場の変化をリアルタイムで把握し、競争阻害要因を抽出していくことが重要となる。

図2 ADSLと光ファイバにおけるNTT東西のシェアの推移
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公開カンファレンスでオープンに議論

 今回の競争評価は、5月26日(金)に評価結果案を公表して意見募集に付し、6月23日(金)に意見募集を締め切った(http://www.soumu.go.jp/s-news/2006/060526_6.html)。6月27日(火)午後には意見を提出した事業者や学者・アナリスト等の専門家も交えてカンファレンスを開催し、オープンな公開のディスカッションを行うこととなっている(http://www.soumu.go.jp/s-news/2006/060614_2.html)。
 競争評価の真髄は、民産学官の英知を結集し、オープンかつ透明なディスカッションを通じて情報を広く共有していくことにある。関係者のみならず、この分野に関心を有する多くの論客の参加を期待したい。
 

<筆者紹介>今川 拓郎(いまがわ たくお)
総務省 総合通信基盤局 公正競争推進室長
1988年東京大学教養学部卒業、90年同大学院広域科学専攻修士課程修了、同年郵政省入省。97年米ハーバード大学経済学博士。大阪大学大学院助教授、総務省情報通信政策局総合政策課課長補佐等を経て、2005年8月より現職。総合通信基盤局事業政策課市場評価企画官等を兼務。専門は、情報経済学、産業組織論、都市経済学、金融等。“Economic Analysis of Telecommunications, Technology, and Cities in Japan” (Taga Press)、「高度情報化社会のガバナンス」(NTT出版、共著)、「デフレ不況の実証分析―日本経済の停滞と再生」(東洋経済新報社、共著)等、著書・論文多数。静岡県出身。


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