【ネット時評 : 谷脇康彦(総務省)】
ネットワークの中立性と新しい通信競争モデルを考える

taniwaki20.jpg
 
 14日、総務省の懇談会は通信分野の「新競争促進プログラム2010」と題する報告書案を公表した。通信ネットワークが電話網からIP網へと急速に移行していく中、競争モデルの包括的な見直しに向けた検討課題を整理したものだ。ここでは、IP網への移行の中で新しい検討課題となっているネットワークの中立性の問題を中心に、報告書案の内容をご紹介してみたい。

競争モデルの包括的な見直しを提言

 報告書案を取りまとめたのは総務省「IP化の進展に対応した競争ルールの在り方に関する懇談会」(座長:林敏彦放送大学教授)。昨年10月末からスタートし、本格的なIP時代に対応した通信競争政策の在り方について様々な観点から検討してきた。

 この懇談会では、まず検討アジェンダを策定、これに基づいた公開ヒアリング、主要論点の整理、追加意見招請など、複数回にわたって関係各方面とのフィードバックを繰り返しながら政策の方向性を探ってきた。今回の報告書案では、IP網が主流となると見込まれる2010年代初頭をマイルストーンとして、今後検討すべき課題を具体的に整理し、検討の方向性やスケジュールについても提言している。

 懇談会が扱っている政策課題は広範に渡る。具体的には、ドミナント規制の見直し、電話網や光ファイバーの接続料の算定方式の見直し、次世代ネットワーク(NGN)の接続ルールの在り方、移動通信市場における競争促進策(MVNOの導入促進、端末ビジネスモデルの見直し)の検討、紛争処理機能の強化、ブロードバンド時代のユニバーサルサービス制度の見直しなどが提言されている。

 そして、本欄でも米国の動向を紹介してきたネットワークの中立性を巡る問題も、こうした議論の柱の一つだ。報告書案では、IP時代の競争モデルを考える上での基本原則としてネットワークの中立性の確保が必要であると位置づけ、これを実現するための指標(政策評価パラメーター)として、ネットワーク利用の公平性の問題とネットワークのコスト負担の公平性の問題という2つの項目に分けて議論が展開されている。

ネットワークの利用の公平性

 まずネットワークの利用の公平性の問題。ブロードバンド時代には各社のビジネスモデルは垂直統合化したものとなるだろう。そして、物理網、通信サービス、プラットフォーム、コンテンツ・アプリケーションという各レイヤーごとに事業領域がモジュール化される。これらのモジュールを一社単独で、あるいは得意とするモジュールを複数社が連携して組み合わせて垂直統合型のビジネスモデルが構築される。携帯電話のインターネット接続や最近の音楽配信ビジネスは、こうした垂直統合型のビジネスモデルの代表的な成功例だろう。

 垂直統合型ビジネスモデルについて競争政策の観点から問題になるのは、垂直方向での市場支配力の濫用の可能性。つまり、ボトルネック設備を保有する通信事業者がその市場支配力を垂直方向に濫用すれば上位レイヤーの公正競争が阻害される可能性がある。

 現在、通信キャリア各社は次世代ネットワークの構築に注力しているが、この次世代ネットワークも、アクセス網・コア網・サービス付与機能というレイヤー型構造になっている。そこで、垂直統合型のビジネスモデルを考える場合、各レイヤー間のインターフェースのオープン化が確保されなければ、多様なモジュールを組み合わせたビジネスモデルを構築しようとしても、どこか特定のレイヤーの機能は通信事業者のモジュールに適合させることを余儀なくされたり、そのモジュールしか利用できないという事態が起こりかねない。こういった事態を避けることにより、ネットワークの中立性が確保される。

 インターネットの発展は、ネットワークを取り巻くユーザー(エンド側)において技術革新が自由に行われることによって実現してきた。エンドユーザーであれ上位レイヤーの事業者であれ、彼らが端末側のアプリケーションなどを通じてインテリジェンス(サービス制御機能や認証・課金機能)をコントロールして、エンドエンドでサービスを利用することも可能になっている。

 そうした中、通信キャリアが構築する次世代ネットワークがインテリジェンスを実装し、エンド側も含めて全体を統制・管理するしか選択肢がないとなるとどうなるか。技術革新の担い手が限定され、その成果もネットワーク内に閉じこめられることになりはしないか――。

 本報告書案では、こうした問題意識に立って、ネットワーク側とエンド側の双方においてインテリジェンスを持ち得る仕組みを構築することが必要ではないかとしている。また、昨今のウィニー対策を巡る議論を踏まえ、特定のアプリケーション機能の利用制限がどのような場合なら許容されるのかという点についても、更に検討が必要であると指摘している。

ネットワークのコスト負担の公平性

 次にネットワークのコスト負担の公平性の問題。近年IPトラフィックが年間1.5~2倍の速度で急増している。これは、P2Pによるファイル交換の急増、社会経済活動におけるインターネット利用の本格化などが背景にある。さらに、XMLベースのコンテンツの増加やRSSによる相互参照の仕組みの増加など、ウェブ自体の構造化・高度化、SaaS (Software as a Service)など企業システムによるネットワーク利用の増大などがIPトラフィックの増加を加速化させるだろう。

 こうした中、トラフィックの急増に対応したネットワークの増強が必要となってくるが、IPトラフィックの急増を生み出す要因は上位レイヤーから下位レイヤーの様々な場所に存在しており、トラフィック増の原因とコスト負担者の因果関係を明確に把握することが困難になりつつある。

 また、ISP市場におけるコスト負担の在り方も検証が必要だ。例えば、従来のティア(tier)構造が変化し、特定の人気のあるサイトへの経路の確保が市場価値を持つと認められるようになる可能性がある。その場合、利用者の動向に応じてISP間の接続の市場価値が変わる可能性がある。また、通信キャリアがIP網を構築することにより、ISPと通信キャリアとの間の交渉力の違いから、従来のISP間の接続とは異なる接続条件が求められる可能性もある。

 報告書案では、こうした現状認識に立って、コンテンツプロバイダー、ISP、通信キャリア、ユーザーなど多数の市場関係者の間でネットワークのコスト負担を行う際の検討課題を整理している。具体的には、帯域別料金の導入、次世代網の接続料の在り方などを検討課題の例として挙げている。

注目される米国・EUの動き

 ネットワークの中立性の議論は、米国の連邦議会においても法制化の動きが続いている。米国における議論は、主張する企業・団体の立場によって、ネットワークの中立性の定義がそれぞれ微妙に異なっており、これが議論の混乱を招く一つの要因となっている面は否めない。ただし、基本的には、ネットワークの利用の公平性に焦点を当てつつ、上位レイヤーの「設備を持たざる者」と通信事業者・CATV事業者という「設備を持つ者」の間でしのぎを削っている状況(注)だ。本年11月の中間選挙前の法案成立は、依然として微妙な雲行きとなっている。
 (注) グーグル、アマゾン、eベイ、マイクロソフトなど上位レイヤーのメンバーで構成する団体“It’s Our Net”と、AT&T、ベルサウスなど通信キャリアを中心に構成する団体“Hands Off the Internet”がそれぞれの立場から活発なロビイングを続けている。

 他方、EUに目を転じると、6月29日、欧州委員会は2002年の規制枠組みの見直しに向けた意見募集を開始した。これは2009から2010年頃の加盟各国における競争ルールの見直しを目指すものだ。その中で、米国におけるネットワークの中立性の議論については、政策ガイドラインとしてその趣旨に賛同するとしつつも、既存のルール、とりわけドミナント事業者に対する網開放義務を課すことによってネットワークの中立性は確保可能ではないかという方向性を示しており、今後の動向が注目される。

新競争ルールの具体化に向けて

 懇談会では、約1カ月の意見招請(8月23日まで)を経て、9月中には報告書を取りまとめる。これを受け、行政として「新競争促進プログラム2010」を策定する。このプログラムは、毎年定期的に進捗状況について検証・見直しを行い、公表する予定だ。

 世界有数のブロードバンド大国となった日本は、競争政策の分野でも未踏の領域に足を踏み入れつつある。日本の競争モデルに対する諸外国からの注目度も高い。より良い通信競争政策の方向性を確立するため、関係各方面から様々なご意見が懇談会に多数寄せられることを期待したい。

「IP化の進展に対応した競争ルールの在り方に関する懇談会」報告書案の公表及び本案に対する意見の募集(8月23日まで)
http://www.soumu.go.jp/s-news/2006/060719_2.html

(本稿中、意見にわたる部分は筆者の個人的な見解です。)

<筆者紹介>谷脇 康彦(たにわき やすひこ)
総務省 総合通信基盤局料金サービス課長
1984年郵政省(現総務省)に入る。OECD事務局ICCP(情報・コンピュータ・通信政策)課勤務等の後、郵政省電気通信事業部事業政策課補佐、郵政大臣秘書官、電気通信事業部調査官、在米日本大使館参事官等を歴任。2005年8月より現職。主として通信放送分野の競争政策に携わってきている。著書に「融合するネットワーク――インターネット大国アメリカは蘇るか」(かんき出版、05年9月刊)。

コメント一覧

メニュー