【ネット時評 : 江川 央(デジタルメディア・コンサルタント)】
ケータイ恐怖症は克服できるか?

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 所用で一週間日本へ出張し、ニューヨークへ戻ってきたばかりでこの原稿を書いている。
 
 朝から晩までスケジュールが詰まっていた為、ほとんど街を見てまわる事は無かったが、週末に一時間ほど時間ができたので、とりあえず、電化製品の量販店に行ってみる事にした。

 多くの外国人観光客にとって、秋葉原や新宿を中心に展開されている、家電やカメラの大手量販チェーン店を覗く事は、ガジェット(気の利いたおもちゃ)王国ニッポンの「今」の空気を触れるのに絶好の場所になっているが、同時に私のように、外国に住んでいる日本人にとっても欠かせないスポットである。店のどこに何が並んでいるか、売れ筋の商品やサービスは何なのか、そんな視点を持ちながら店内を歩いてみると、そこに日本の生活が凝縮されているようで、なかなか楽しい。今回は3軒ほどを回ってみたが、やはり眼についたのは携帯売り場だった。どの店でも、売り場の位置付けや、面積から判断するに、量販店にとって一押しの商品群となっているのは明白だ。機能的にはauの「ウォークマン携帯」が、力が入っている印象を受けた。

日米で決定的に異なる「思想」

 この数年で、日米のインターネット業界は、以前の「世界をリードする米国、それを追いかける日本」という構図が完全に崩れ、両国がそれぞれ、独自のインフラや技術等に基づいた、異なる道を歩みつつあるのがはっきりしてきた。パソコン、特にラップトップを中心とした、基本的にウェブへのフルアクセスを前提とした米国でのインターネット事情と、携帯という、機能的にはある程度限定されていながらも、通話とEメール、専用サイトへのブラウザによるアクセス、デジカメ、そして最も新しい所では音楽プレイヤーをコンパクトにまとめた端末が普及している日本のインターネット事情は、もはや同じ土俵にあるものとは言えない。

 日米のネット事情を比較する際、インフラの違いと、生活習慣の違いが議論の中心となる事が多いが、私自身はそれに加えて、インターネットが普及する以前から存在している、日米国民の商品やサービスに対する「思想の違い」が大きいと考えている。

 古くから、日本人は一般的に、高付加価値、高価格というマーケティング手法に慣れ親しんできた。例えば、ラジカセ一つとっても、高性能のイコライザー、品質の良いスピーカー、本体は木目基調で価格が5万円、なんてものが20年以上前から商品としてヒットしていた。ところが、米国の場合は、この展開があり得ない。シンプルで誰にも使い易く、しかも価格が安いもの、これが米国の一般消費者に最も求められているからだ。

多機能携帯は米国で普及するか?

 携帯事情に関しても、一部のテクノロジー好きを除いては、私のまわりで多機能携帯を求める人は、ほとんどいない。多機能よりも、クリアな音声を間違いなく確保する事を、まずは望む。ベライゾン・ワイヤレスは、この数年、「Can you hear me? Good!」というタグラインの入ったキャンペーンを継続しているが、これを見ても、いかに音声の安定性をアピールする事に力を入れているかが分かる。価格的に見ても、例えばシンギュラーは40ドル程度で月間450分話すことができ、さらにロールオーバーと呼ばれる、毎月の残った通話時間を翌月以降に累積で持ち越せる(ちなみに私の数字を調べてみたら、そのロールオーバーが8400分を超えていた!)一般的なユーザーにとっては事実上使い放題のプランを出しており、日本でよく聞かれる「ちょっと使うと一万円」という価格には程遠い。Eメールに関しては、日本では電車の中で、老若男女を問わず、携帯メールをチェックする姿が見受けられるが、米国でそれにあたるのは、Blackberryという端末である。ただ、このサービスは、圧倒的に企業ユーザーが多いので、日本のそれとは位置付けが異なる。

 日本では、「おサイフケータイ」も話題になっているようだが、これも米国での展開となると難しい。クレジットカードを扱っていない店を探す事の方が難しい米国において、普段使い慣れている、シンプルで誰にも使い易いプラスチックの板を代替する形で携帯を決済に使う意味あいが見えないからだ。実は米国においても、おサイフケータイのようなコンセプトのクレジットカード代替サービスは、いくつか試みられている。例えば、ガソリンスタンドのモービルは、同社開発の特殊なキーチェーンを給油機や、スタンドの中にある売店でかざす事により、買い物の決済ができる「スーパーパス」というシステムを開発しているが、普及には程遠い様相だ。これも結局ユーザーにとってメリットが無いに等しいのが原因と思われる。そういった現象を目の当たりにしていると、日本でおサイフ携帯が人気、というニュースを聞いても私にはピンと来ない。

 と、ここまで、日米の携帯事情を比較してもっともらしい事を書いてみたが、実は今回私が本当に書きたかった事はほかにある。

迫り来るケータイの恐怖

 実は、私は日本のケータイが怖いのである。私が日本を発ったのは95年。今時のケータイは、未だ影も形も無かった頃の話だ。ぶっちゃけ、その世界については情報や知識は持っているものの、実体験が乏しく、浦島太郎状態なのである。
 
 だが今回、仕事の関係でたまたま多機能のケータイを使う機会があり、今まで自分の中に潜んでいたその思いが、ついに決定的になってしまった。10代や20代のころは、新しい技術についていけない中高年の方々を笑いのネタにしていた。それが、今は立場が逆転している。これはマズい、というプレッシャー。それでも、ついていけない思考と体。何とも情けない。

 とにかく、何かの拍子にボタンを押してしまうと、予想もしていなかったような画面(例えばメニュー)に切り替わる。下手をすると、通話のオンとオフのボタンさえ、アイコンを見るだけでは、何が何だか分からない。普段、米国で、番号とオン、オフだけ、という極めてシンプルな携帯を使っている自分には、使いこなせないのだ。写真すら撮り方が未だ分からない。 一緒に仕事をしていた、私よりも一回り若いスタッフの人達は、「このケータイ使えないとやばいすよ。」とサラリとグサリ、のセリフを吐く。 私は久しぶりに、これでもか、とばかり、敗北感を味わった。

 今回は滞在期間が一週間だったし、仕事が忙しかったから、ケータイに慣れる時間が無かった――今回は、自分に対してそう言い訳する事にした。ただ、次からはそうもいかない。何とかしなければ、デジタルメディア・コンサルタントの名にかかわる。

 そんな事を考えつつ米国に戻り、空港で自分の携帯にスイッチを入れた時に感じた安心感は何だったのだろう。シンプル・イズ・ザ・ベスト。人に何かを言われたら、とりあえず、これで通す事にしよう。世の中、分からない事が多ければ多いほど、楽しいのだ、と時差ぼけの頭で自分を慰めている。

<筆者紹介>江川 央(えがわ なかば)
デジタルメディア・コンサルタント
1965年米国ニューヨーク生まれ。1987年、自由学園男子最高学部卒業後、キヤノンに入社。海外マスコミ対応、多国語版社内報制作、F1鈴鹿グランプリにおけるスポンサー・チーム渉外、新規技術広報等を担当した後、1995年よりニューヨーク駐在。同年3月より、キヤノン初のウエブサイト設立を担当、設立後に同ウエブサイトの企画・制作業務を統括。1998年より、インタラクティブ・コミュニケーションズ・マネージャーとして、同ウエブサイト運営に加え、オンライン広告を中心にインターネット・ビジネスの展開に幅広く関与。2001年3月に、キヤノンを退社、デジタルメディア・コンサルタントとして独立。現在はマンハッタンにある大手法律事務所、Debevoise & Plimptonのナレッジ・マネージメント・チームをはじめ、依頼に応じて企業ウエブサイトの開発や、オンライン・マーケティング等に関するコンサルテーションを実施する一方、インターネット関連コラムへの寄稿をはじめ、ビジネス、社会、日米文化等にもテーマを広げた情報発信、創作活動を展開中。

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