【ネット時評 : 岸本晃(プリズムTV)】
「助けあうメディア」支える住民ディレクター――インターネットテレビ「プリズムTV」開局に寄せて

kishimoto.jpg
 
 8月1日、インターネットテレビ局「プリズムTV」が開局した。プリズムTVは、暮らしの中から住民が自ら情報発信するというテレビである。娯楽や報道を追及するのではなく「暮らしの知恵」や滋味あふれるひとびとにスポットライトをあてる。「見る」だけのテレビではなく、実際に私たちが日々の生活に「使える」、道具としてのテレビを目指している。

 テレビを上手に使うことで、豊かに生きはじめた人たちが次々と登場し、暮らしの中で起こっている現実のドラマが紹介される。しかも一過性の出来事ではなく、継続して伝えていくことが前提だ。
 伝える主体は全国の「住民ディレクター」のみなさん。私もそこに含まれる。プリズムTVはこの10年の住民ディレクター活動の集大成であると同時に、各地に芽生えたコミュニティーや個人の集まりの場でもある。全国各地(一部は海外も)の個人、コミュニティーをつなぎ、相互扶助を基盤に課題解決型の新しいネットワークメディアの創出を目指している。

地域に役立つ、テレビ局のノウハウ

 その母体となるプリズムは1996年に地域づくりを応援する任意団体として熊本で発足。2000年に「ひと、光る。國(クニ)創り」を理念に地域活性化を支援する企業となった。熊本県人吉市の人吉球磨広域行政組合とともに進めたプロジェクトは、日経地域情報化大賞で日本経済新聞社賞を獲得した。その活動の核になったのが「住民ディレクター」という人材養成事業だ。
 住民ディレクターは民放で14年間過ごした私自身の経験から、テレビの番組制作を通じて企画力を養い、その企画力を地域活性化に生かそうというものだった。テレビ番組を制作するということは企画、取材、編集、放送という一連の作業プロセスを経験し、ボンヤリと抱いていた考えが3分から5分の番組に可視化されて整理されるので、非常に高度な企画力養成につながる。ニュース記者やディレクター、デスクなどを経験すればするほど、このノウハウを広く県民に開放することで世の中の役に立つと確信していた。
 しかしこの便利な道具としてのテレビは、一時的な娯楽やセンセーショナルな事件事故を追いかけるばかりで、継続した住民の活動に寄与するような地域貢献、社会貢献には向かなかった。私は民放でチーフプロデューサーをさせてもらっていたが、「番組」=「作品」と考えるテレビ局の中では、できないことが多すぎた。画面の中に何が映っているかということよりも、画質や画角ばかりが重要問題となり「仏つくって魂入れず」の映像や番組が多かったように思う。身体を使い、その場で瞬時に判断することの多い農林水産業に従事している仲間が多かった私は、カメラが逆立ちしようが、画面が真っ暗であろうがそこに貴重な声や音、伝えるべき現実が映し出されていればOK、という大胆な地域づくり応援番組や住民の手作りドラマを次々と制作した。しかし、放送が終わると次に進めないジレンマが続き、「地域のひとびと」との交流を核心においていた私は自然とテレビ局の退職を決めた。
 「テレビ」が実に多くの側面を持っていることに、テレビの中にいる人たちは意外と気付いていない。それは多くの場合、役割が専門化されているからだと思う。私は幸いにもいつも営業が売れないという企画ばかり考えていたので自分で営業をし、PRを考え、経理もし、イベントを企画して集客を図り、視聴率を上げることまで工夫してやっていた。企画を考える時は守衛さんや掃除係の人たちと会話しながら、時には経理のデスクで雑談しながら考えた。住民ディレクターの企画力とは、テレビ局の中でやれる全ての仕事にかかわり、それをつなげてきた自分が身に付けた、大雑把だが全体性をつかむという「オールインワン」のノウハウだった。今にして思えば、自分は「プロのテレビマン」になるより、「プロの生活人」になろうとしていたのかもしれない。

地域活性化を証明した住民ディレクター活動
 
 民放を退職した翌年からすぐに始めたのが住民ディレクター養成事業だ。表面的な情報を追いかけ、あくせく生きる私に日々の暮らしの中にこそ大切な宝物が眠っていることを教えてくれた農家や海、山のひとびと、主婦や高齢者の方々にテレビの使い方を講座として伝授しはじめた。
 住民ディレクターは10年前のスタート時点からインターネットテレビとセットで考えていたが、長い間テレビの世界にいた私には、当時ネットが何年後にどうなるかなど、皆目分からない状況だった。しかしネットに詳しい仲間の話を聞くと、どうやら10年か20年もすれば何とかなるようだ。そこで「その時」を待ちながら、まずはケーブルテレビや民放で思う存分ノウハウを鍛えておこうと戦略を立て、実践してきた。
 そうして、住民ディレクターはこの10年の間に民放のゴールデンタイムや夕方のニュース、正月番組にまで採用され、電波のど真ん中を歩いてきた。熊本に限らず、富山の民放でも始まるなど、各地で芽生えだした。
 住民ディレクターはもともと地域活動をしている人がビデオカメラを持ち、編集するので改めて何を取材するかを考えなくとも、自分の活動を自分自身が伝えればOKだ。その典型的なモデルになったのが、CATVの番組にいち早くコーナーを持った、人口4000人の熊本県山江村の人たちだったり、くまもと未来国体の臨時FM局を企画・運営し、国体終了後も「NPOくまもと未来」として住民ディレクター活動を続けている主婦の皆さんだ。
 この10年の実践と検証により、テレビを上手に使えば課題解決型の地域活性化策になるという確信は益々深まった。

プリズムTVは助け合う住民ネットワークテレビ

 プリズムTVでは、まず全国の住民ディレクターの活動を紹介する。お互いに参考となる事例が山ほどあるはずだ。それだけでなく、地域が抱える課題を番組にして表現したり、他の地域で同じような課題を解決した地域があればその体験を披露するなど、情報交換しながら相互扶助の関係を培っていく。もちろんネット上の付き合いばかりではなく、顔を合わせる機会を各地でつくる。それをまたネットにアップする。
 プリズムTVには九州の山奥や日本海の離島などいわゆる過疎地も参加している一方で、東京の六本木や杉並区、大阪、名古屋といった都市部からの情報も発信される。これらの地域同士で互いに欲しいもの、必要なものを補完し合う。都市部の人には田舎の安全、安心な食や癒し空間を提供し、都市部の人からは先端技術や知識、情報を提供する、といった具合に。
 そうした地域の特色や得意なこと、課題などを映像で表現する役割を担うのが住民ディレクターだ。住民ディレクターとして総合的な企画力を養えば、情報発信のみにとどまらず課題解決に当たってリーダーシップを発揮できる。地域内外の人脈を活用し、最適な人物を派遣することもできるだろう。災害や福祉の現場にも日常の活動をそのまま役立てられる。このような人々が全国、そして世界につながっている住民ネットワークテレビに育てていきたい。
 さらに「地域」を外しても、一人ひとりが生活の中で自己実現する手法として非常に有効だ。住民ディレクターの素顔は、農家、主婦、サラリーマン、公務員、自営業とほとんどの職種、分野にわたっている。彼らこそ、自分がなりたかった「プロの生活人」にほかならない。

困っている人が使えるようにプリズムTVの中で実践する

 全国にわんさかといる「プロの生活人」が、素人なりに自分の日常をビデオカメラで伝える。見る人は既存のテレビのように娯楽や報道を求めているのではなく、暮らしのヒント、知恵を求めているのだ。プリズムTVはこのようなひとびとに思う存分使っていただけるようなテレビを目指している。
 とはいっても、そうした映像や番組が民放の夕方の枠で継続的に10%の視聴率を取ったり、正月番組での放送後に430枚余りの感動や共感、激励を伝えるはがきが来るということは、十分に一般的に受け入れられるコンテンツでもあるという証である。
 住民ディレクター活動の基本は地域の活性化を目指すということだ。しかし既存のメディアと連携することで、また違った可能性を生むこともできる。既存メディアが持たないコンテンツだからこそ、そうした連携も可能になる。例えば既存のテレビ局は、住民ディレクターの活用で地域ニュースに厚みを出すことができるだろう。テレビだけに限らず、新聞や雑誌といった様々なメディアへのマルチユース展開も可能だ。これが「オールインワン」でつくる強みである。

                    ◇   ◇

 プリズムTVはやっとヒヨコの歩みを始めたばかり。このIT全盛の時代に、しかもインターネットテレビというにもかかわらず、実際はアナログ的な作業やガリ版刷りのような作業もいっぱいある。FAXがなくては作業が進まない。
 問題は、プリズムTVを使って欲しいひとびとの住む地域で、まだブロードバンドのインフラがなく、視聴することができないケースが多いことだ。ブロードバンド・ゼロ地域解消に向けた政府の取り組みも進められているようだが、この問題を早く解決するためにも、プリズムTVで大いにインターネットテレビが過疎地域や離島に役立つ「暮らしのインフラ」だということを伝えていかなくてはならない。また一人暮らしの高齢者、介護が必要な方々、ニートや路上生活者といった都会のひとびとにもプリズムTVが役立つようにしたい。そのために、まずは今現在、これを使えるひとびとで可能性を広げることだ。自前で始めたプリズムTVだが、相互扶助型の運営方法を確立できれば、きっとそのプロセスがこれからの地域経営にも役立つと思う。共感していただければぜひ一度プリズムTVをのぞいてみていただきたい。

ひと、光る。ドラマ発見「プリズムTV」
http://www.prism-tv.jp/

<筆者紹介>岸本晃(きしもと あきら)プリズムTV代表
1953年生まれ。熊本の民放で14年間報道制作局に勤務する。「ズームイン!!朝!」「24時間テレビ」「11PM」など全国放送の固ものから柔わものまで、また地域づくりを応援するオリジナルのローカル番組のプロデュースなどを手掛ける。1997年独立し、テレビ番組の制作を経験することで企画力を養う「住民ディレクター」を発案、全国各地に様々な住民ディレクター活動をプロデュースしている。番組はCATV、民放、衛星、インターネット放送局などあらゆるメディアで展開中。今年8月にインターネットテレビ「プリズムTV」を開局し、まったく新しいリアルとバーチャルがリンクするコミュニティー創りを目指す。(有)プリズム代表取締役、NPOくまもと未来理事長。

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL
http://www.nikkeidigitalcore.jp/cgi-bin/mt/mt-tb.cgi/126

コメント一覧

メニュー