【ネット時評 : 大木登志枝(日本総合研究所)】
日本を文化のアジア・ゲートウェイに

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 安倍新政権の重要政策のひとつに「アジア・ゲートウェイ構想」がある。安倍新総理の所信表明演説によれば、それは「使い勝手も含めた日本の国際空港などの機能強化も早急に進め、ヒト・モノ・カネ・文化・情報の流れにおいて、日本がアジアと世界の架け橋となる」ことであるという。ゲートウェイという言葉には一般的に、集積・発信地や経由地といった、ネットワークのハブのような意味が含まれる。

 「ヒト・モノ・カネ」については、他の場所でひんぱんに論じられているので、ここでは、「情報」と「文化」に焦点をあてて、このゲートウェイ構想について考えたいみたい。情報の流れが何を指すのかあいまいであるが、ここではインターネット上のWeb、P2P、FTP、eメールなどの情報フローとしよう。

 まず、現状をみると、アジアにおける情報フローのハブは、日本でも、他のアジア諸国でもなく、米国であると指摘されている。このことはデータからもほぼ裏付けられる。情報フローのデータとして通常用いられているインターネット国際回線容量(2005年)を見てみると(出展: Telegeography “Global Internet Geography2006”)、アジア10カ国・地域のうち7カ国・地域、すなわち日本、韓国、台湾、中国(香港を含む)、シンガポール、フィリピン、タイにおいて最大の回線容量を持つのが米国向けで、それぞれ、全体の30~50%を占める。マレーシア、ベトナムでは中国が、インドネシアではシンガポールが最大となっている。日本は、それぞれにおいて米国より10%ほど少なく、中国と2、3位を分け合う位置にいる。こうして見ると、アジア各地とのネットワークのスポーク(回線)が最も強いのが米国で、次が中国、その次が日本といえよう。

 なぜ米国がアジアの情報フローのハブになっているのであろうか。最大の理由として、アジア各国において米国の情報に対する需要が存在することが挙げられる。たとえば、Alexaによる各国のウェブサイトのアクセスランキングの上位50サイトをみると、アジア11カ国・地域の計550サイトのうち、自国サイトが364個(66%)、米国サイトが152個(28%)、中国18個、日本は香港や台湾同様3個程度であった(2006年4月)。海外サイトとしては、米国が突出して多く、とりわけフィリピン、マレーシア、といった英語圏、インドネシアやタイ、ベトナムなど自国のコンテンツが不足していると思われる国々で目立つ。内容をみると、googleやyahooなどのサーチやポータル、youtubeのような動画提供、myspaceのようなSNS、wikipediaのような参加型無料コンテンツが中心である。Google、yahooはすべての国・地域で、youtubeは中国と韓国(80位)以外で50位に入った(10月)。トラフィックそのものが大きいのはウェブではyoutube、P2Pではbittorrentなどにおける映像データである。

 次に、情報フローが、目的地(需要先)にかかわらず米国を経由するネットワーク構造になっていることでも指摘できよう。たとえば、日本の利用者が日本のウェブサイトを、タイの利用者が韓国のウェブサイトを訪問するなど、情報の需要先が自国内やアジア域内であっても、アジア域内を経由するのではなく、米国を経由する傾向にある。この背景にはアジアのISPやサイト運営企業が国際トランジット先あるいはデータ保管先として米国を選択していることがある。米国のISPは多くの海外ISPが参集する強大な国際ネットワークを有し、トランジット料金やサーバー利用料を安価に設定していることから、アジアのISPにしてみれば、複数の海外ISPと接続するより米国ISPと接続したほうが便利であり経済的である。ちなみに、Telegeographyによれば日本のトランジット料金は米国の2~3倍である。

 日本は、上述したように、情報ネットワークのハブとしては、米国だけでなく、中国の後塵を拝している。また、私の知る限り、「アジアのゲートウェイ」という意識を持って情報発信する日本サイトは見当たらない。一方、香港、シンガポール、そして中国では電子商取引、貿易、金融、旅行分野のサイトが、アジアの情報をまとめ、英語や中国語表記で発信しており、明らかに「アジアのゲートウェイ」的な役割を意識している。また、韓国や台湾のサイトもトランスナショナルな事業展開を見せている。
 
 日本がアジアにおいて情報ハブとなるためには、トランジット料金やサーバー料金を安価にする、そしてコンテンツを充実させることが不可欠である。とりわけ、海外向けのコンテンツの充実が重要であると考えられる。これまで、日本のウェブサイトの運営企業は海外展開に消極的であった。日本企業は、自国市場を重視し、海外展開するモチベーションを持ち合わせていなかったのである。アジア各国の市場は小規模であるうえ、言語を共有せず、国際的な人材が不足している日本企業にとって開発コストがかかり収益率が低いとみなしたからであろう。
 
 しかし今後は、日本企業の海外展開が活発化すると予想される。日本は、すでにアニメやマンガなど、言語だけに頼らない表現方法を用いるコンテンツにおいて、比較優位にあり、国際競争力を持つ。また「ジャパンクール」の言葉にあるように、日本食、ファッション、伝統など日本文化は、アジアのみならず世界で注目されている。こうしたアニメ、マンガ、キャラクターをはじめ映画、テレビドラマ、歌謡曲といった映像や音楽などのコンテンツや日本文化を、インターネットを通じて海外発信することによって、日本発の情報の需要を顕在化できると考えられる。そうなれば日本企業の海外展開のモチベーションが高まり、日本発のトランスナショナルなウェブサイトが増加して、海外から日本への情報フローの増加が期待できよう。すでに日本のマンガを中国語に翻訳してインターネットで発信する企業なども登場した。さらに、日本が自国だけでなくアジアのコンテンツや文化をグローバルに発信するポータルサイトを運営すれば、それは情報・文化面でアジアと世界のゲートウェイの役割を果たすことになろう。
 
 ただ、インターネットを通した映像など文化コンテンツの流通は、著作権や不正コピー、海賊版などの問題が存在する。日本が真にアジアのゲートウェイとなるには、これらの問題に積極的に取り組み、率先して著作権保護制度の構築やコピーガード技術を開発・導入を推進することが望ましい。また、アジア各国間の情報流通のため多言語間の自動翻訳技術の開発・実用化を進めることも重要である。
 
 ところで、文化のゲートウェイとしての役割はネット上だけでなく、ライブ・イベント(コンテンツ)を通しても発揮できる。たとえば東京国際映画祭、アジアのCGアートの祭典である「アジアグラフ」などライブ・コンテンツではすでに成功例が蓄積している。さらに、日本にアジアの演劇や食文化など紹介する常設施設を構築すれば、日本人だけでなく訪日観光客にアジア文化を紹介することもできる。デジタルとライブのコンテンツを通して日本が情報と文化のアジアのゲートウェイとなることを大いに期待している。

<筆者紹介>大木 登志枝(おおき としえ) 日本総合研究所 研究事業本部 主任研究員
静岡県生まれ。津田塾大学学芸学部英文学科および米カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)経営大学院修了。さくら総合研究所などを経て、日本総合研究所に入社。主として国内外のICT関連の受託調査・研究に従事。専門はアジアのICT政策・ICT産業。関心のある分野は、医療、環境、エンターテイメント分野におけるICTの活用。主要著書に「アジアインターネット白書」(2001年12月、アスキー)、共著に「情報サービス産業白書2005」(2005年、情報サービス産業協会)、「アジア FTAの時代」(2004年、日本経済新聞社)、「アジアネットワー ク」(1997年、日本経済評論社)がある。

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