【ネット時評 : 田澤由利(ワイズスタッフ)】
安倍政権「テレワーク施策」への期待と提言――テレワークマネジメントの必要性

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 「自宅での仕事を可能にするテレワーク人口の倍増を目指すなど、世界最高水準の高速インターネット基盤を戦略的にフル活用し、生産性を大幅に向上させます。」これは、9月29日付けの安倍内閣総理大臣所信表明演説の中の一文だ。
 
 長年、「自宅で仕事」という課題に挑戦してきた立場から(参考:「『ネットで働ける』社会は本当に来るのか?」)、国が本気で「テレワーク」に取り組むことに感謝しつつ、現時点で抱える不安要素と、それに対する提案を述べさせていただきたい。

あと3年で、労働者5人に1人がテレワーカーに!?

政府の具体的な動きとして、総務省、厚生労働省、経済産業省、国土交通省の4省の呼びかけにより、「テレワーク推進フォーラム」(http://www.telework-forum.jp/)を中心に産学官協働でテレワークの円滑な導入に資する調査研究や普及等の活動を行うという。そして、政府がかかげる目標数値は、「IT新改革戦略」本文(http://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/kettei/060119honbun.pdf)に、以下のように、記載されている。

     「2010年までに適正な就業環境の下での
     テレワーカーが就業者人口の2割を実現」

この数字を見て、「実現できるの?」と思われた方も多いだろう。あと3年強で「5人に1人が自宅で仕事をする」社会は、想像しがたい。しかし、ポイントは「テレワーカー」の定義にある。政府の言うテレワーカーとは、「ITを活用して、場所と時間を自由に使った柔軟な働き方を週8時間以上する人」だ。社員を何万人も抱える大企業が一斉に、「週8時間は、好きな時間に好きな場所で仕事をしてもいい」とすれば、決して無茶な数字ではないかもしれない。事実、この定義のもと、国土交通省によるテレワーク人口推計(http://www.mlit.go.jp/kisha/kisha06/04/040614_.html)によれば、2005年時点で、テレワーカー率は10.4%。すでに、10人に1人はテレワーカーを実現していることになる。(正直なところ実感はないが…)

テレワークが日本社会に恩恵をもたらすのか?

では、なぜ政府はこれほどテレワークの普及に力を入れようとしているのか。理由は、今、日本が抱えている様々な問題の解決策としての「期待」が高いからだ。政府が挙げている、テレワークの普及がもたらす恩恵を列挙してみる。

・労働者の生産性向上
・少子化/高齢化問題への対策
・地域活性化の推進
・渋滞や満員電車の緩和
・CO2削減など環境問題への寄与
など

一石何鳥にもなるオイシイ話である。しかし、長くこの現場にいる私としては、手放しで喜ぶことができない。1990年代後半、日本にパソコンやインターネットが普及し、在宅ワーク、SOHOといった、新しい就労形態にマスコミの注目が集まった。国や自治体からも各種支援策が実施された。しかし、現実には「道具はあるが仕事がない」状態が続き、発注元の企業からは、「安かろう悪かろう」の労働力というレッテルを貼られ、今にいたる。

言葉や視点が変わったとはいえ、「テレワーク」も同様の道を歩むのではないか、という不安がつきまとう。国の力を発揮し、一時的にテレワークを推進し普及させることは可能だろう。しかし、その先にビジネスとして成り立つ「道筋」がないと、企業も労働者も継続できないのではないか。

現時点でのテレワーク推進おける不安要素

最初は制度による「強制」「誘導」でもいい。その結果、企業メリットがあれば、テレワークは継続されるはずだ。大切なことは、そのメリットを産み出す段階までを視野にいれた「施策」を実施することである。「週8時間、通常勤務する場所以外で就労する」テレワーカーを、5人に1人にすることは、単なる目標値に過ぎないと私は思う。その向こうにある「テレワークを社会に根づかせ、継続させるための道筋」が大切なのだ。
 
現時点における、私の不安要素をいくつかあげてみる。

・女性の子育てと仕事の両立支援を目的に、福利厚生的要素で企業がテレワークを導入する傾向が見られる。もちろん導入自体は良いことなのだが、育児休暇や短時間勤務と同様に、「制度はあるが、実際には今後の昇進や配属に影響するので利用しにくい」状況になりはしないか。

・「週8時間以上、通常勤務する場所以外で就労」は、「週4日、通常勤務する人もテレワーカー」ということになる。テレワーカーの数が増えても、「週○回は出勤が必要」という条件があると、遠隔地域に居住して仕事をすることができない。つまり、「地域活性化の推進」は実現しにくいのではないか。

・実際の現場では、プロジェクトの一部担当者がテレワークで作業をすると、プロジェクト全体の効率が下がるケースが多い。情報共有システムの構築、高セキュリティーのシステム整備にかかる初期投資を考慮してでも、企業の立場から、「生産性の向上」という魅力が見つかるだろうか。

これらの「不安要素」を排除するには、「テレワークだけで、仕事ができる」環境を整備し、施策が終了しても、企業がテレワークを継続できる「道筋」を作らなくてはいけない。その際に重要になるキーワードが、「テレワークマネジメント」であると、私は考えている。

「テレワークマネジメント」の必要性

「テレワークマネジメント」は私の造語。簡単に言うと、テレワーク環境下における「プロジェクトマネジメント」だ。最も大きなポイントは、「テレワークだけで、プロジェクトを運営する」ことにある。

当然のことながら、従来の手法を持ってくるだけでは実現できない。仕事環境の整備から、時間・コスト・品質・リスクの管理、ワーカーの報酬や評価、そしてワーカー同士のコミュケーションの場も提供しなくてはいけない。高セキュリティーのネットワーク、データベース、コミュニケーションツール、業務管理システムなど、整備すべきシステムも多い。さらに、ワーカーの教育から、マインド育成、チームワークの醸成など、「顔を合わせない」からこそより一層重視しなくてはいけない「しくみ」も、テレワークマネジメントにおける重要な要素となる。

テレワークマネジメントを確立させ、企業が「テレワークだけで仕事を遂行」することができれば、さまざまな問題点が解決される。テレワーカーは、「週に○日は出社」といった、足かせが無くなり、インターネットさえあれば、どこででも仕事ができ、好きな地域で暮らすことができる。すべての業務が遠隔で行われることにより、「テレワーク=サブの仕事」で無くなる。やりがいのある仕事を担当でき、見合った収入を得ることができる。

一方、企業としては、最初のシステム導入という壁を乗り越えると、社屋を拡大することなく、より多くの労働力を確保できる。また、地域に縛られずに人材を得ることができ、企業の体制強化を図ることができるのだ。
 
もちろんこのような手法は、一朝一夕に確立できるものではない。私自身、これを実践すべく8年前に起業し取り組んできているが、まだまだ試行錯誤の連続である。一個人、一企業レベルでは、限界があるのだ。

足元の数値だけにとらわれず、「テレワークマネジント」という概念を意識し、目標を「テレワークだけで、仕事ができる」社会に定めて欲しい。これが、今まさに始まろうとしている政府の施策に対する、私からのお願いであり、提言である。

<筆者紹介>田澤 由利(たざわ ゆり)
ワイズスタッフ代表取締役
奈良県生まれ。上智大学外国語学部イスパニア語学科卒業。シャープ(株)にてコンピュータ関連の技術、企画、販売促進等の業務に従事した後、フリーライターとして独立。以来、3人の娘の出産、夫の5度の転勤による引越しを経つつ、SOHOとして、パソコン関連の書籍や雑誌のライティングをする。98年、SOHOがチームを組んで仕事をする「ネットオフィス」実現に向け、ワイズスタッフを設立。現在では、自社で開発し、2003年1月に発表した『ネット上のプロジェクト運営ツール「Pro.メール」』を活用して、海外を含む全国各地のSOHOスタッフ約100名が50ものプロジェクトを同時に運営している。2005年4月、株式会社ワイズスタッフに組織変更。主な業務内容は、ホームページ制作・メールマガジン編集・マーケティングなど。会社の拠点は、北海道北見市。

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