【ネット時評 : 加藤幹之(富士通研究所)】
ネットの民主主義――インターネットガバナンスフォーラム報告(前)

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10月30日から4日間、ギリシャのアテネで、国連主催のインターネットガバナンスフォーラム(IGF)が開催された。IGFは、昨年11月にチュニジアのチュニスで開催された、国連の「第2回世界情報社会サミット(WSIS)」で採択されたチュニス合意 に基づくものである(ネット時評「「インターネットガバナンス問題――ICANN問題を超えて、次の段階へ」参照)。今回のIGFでは、政府、国際機関、産業界、市民社会などから約1,200人の参加を得て、インターネットの国際的管理や制度問題が広く議論された。その模様を、2回にわたりレポートしつつ、インターネットガバナンスの今後を展望してみたい。

カルタゴからアテネへ

 昨年WSISが開催されたチュニスは、紀元前にローマを脅かしたこともあるカルタゴの地だ。一年後、歴史はさらにさかのぼることになった。第1回IGFの会場は、地中海を隔てた民主主義の発祥地・アテネである。

カルタゴのWSIS会議から、アテネのIGF会議へ。そこには大きな変化が2つある。

ひとつは、インターネットの管理問題の焦点が、ドメイン名やIPアドレスの国際管理業務を担当するICANNの問題から、より広いインターネットの制度全般の検討に移ってきたことだ。この数年、インターネットが米国発の技術であり、英語を主体とした米国文化の象徴だとして、特に途上国を中心に、ICANNを国連等の管理にゆだねるべきだという議論が高まっていた。昨年のWSISでは、「ICANN対国連」の議論が最後まで続いたが、最終的に現在のICANNによる国際組織が継続することとなった(ネット時評「インターネットの国際管理議論――インターネットガバナンスの行方」参照)。今回のIGF会議でも、一部からは「ICANN批判」の意見が出された ものの、多くの議論は、現在の管理体制を前提にして、セキュリティーやアクセスのような具体的な問題を取り上げた。

もうひとつは、会議の進め方が、壇上からの一方的なスピーチ型から、「開かれた対話型」に変わったことであった。メイン会場は900人近くが入る大会場であったが、それぞれのセッションのモデレーターは、壇上のパネリストに発言を促すだけでなく、会場からの意見や質問を取り入れ、すべての進行を対話形式で行った。会議は、国連の公式言語6カ国語とギリシャ語の7カ国語で同時通訳され、さらに同時にスクリーンに英語で速記録(文字)を投影した。また会議の内容は、インターネットで世界中に同時中継(ウェブキャスト)され、世界中からインターネットで質疑に参加することができた。時にはヤジも飛び交う対話型のやり取りに終止し、決まった議事進行もなければ、まとまりもないように見える国際会議には、カルチャーショックを受けた人がいたかもしれない。しかし、98年の設立当初からICANNの運営を見てきた筆者にとっては、今回のIGFは非常にまとまりも良く、充実した議論が多かったように思えた。むしろ、インターネットのおかげで、世界の人々が「新たな民主主義」の場を共有できた、と実感できた会議だった。

メインセッション初日

会議は、午前中のギリシャ首相の開会演説で始まった。IGFの議長役を務めるインド出身のニティン・デサイ氏(国連事務総長特別補佐)は、「法的な強制でなく、協力でガバナンス体制を確立すべき」と強調した。

ITU(国際電気通信連合)の内海善雄事務総局長は、信念を曲げず不遇の内に亡くなったソクラテスの例を引き、「インターネットはうまく行っているから何も変える必要はないというのは間違いであり、常に改革の議論が必要」と訴えた。

EUで情報社会とメディアを担当する欧州委員会のビビアン・レディング委員は、インターネットが監視なしで自由に利用できること、開発のためにインターネットが利用できることの2つが重要だと指摘した。また、ドメイン名が中国語やアラビア語など、多言語に拡大することが必要であり、遅滞無く実現すべきだと述べた。

インターネットの生みの親の一人であるビント・サーフ博士(現グーグルバイスプレジデント兼チーフインターネット・エバンジェリスト)は、33年前にインターネットを開始した時には、今のような普及は考えられなかったし、普及の結果多くの制度問題を生むことになったと述べた上で、インターネットの問題は、多くのグループが並行して議論していることを指摘した。インターネットには、インターオペラビリティー(相互運用性)が必要であり、従って一定の(技術的)共通ルールを守ることも重要だと述べた。

初日午後は、「その後の議論の前置き(setting the scene)」として、「なぜIGFを開くのか?」と言う問いかけから始まった。米国政府代表のデイビッド・グロス大使は、「インターネットがどこに行くのか?インターネットが世界の人々にどう貢献できるのか?そのために、政府としての自分の役割は何か?どうやって途上国にベスト・プラクティスを示せるか?」という視点が重要だと指摘した。

日本政府を代表して参加した総務省の清水英雄総務審議官は、携帯電話を含め、インターネットの利用が爆発的に増加した点を指摘した。中国情報産業局のイン・チェン局長は、インターネット利用の増大に伴い、より明確なルール作りが必要だと説いた。多くのパネリストが、インターネット技術の進歩に比べ、政策の対応が遅れていることを指摘した。

メインセッション2日目 「開放性」の議論

2日目から、具体的な4つの問題についてセッションを分けて議論した。それぞれのセッションは3時間、休憩なしで熱の入った議論を続けた。

最初のセッションは、「開放性(openness)」に関するものだった。モデレーターを務めたBBC放送のニック・ゴウイング氏は、するどい質問と、巧みな議事進行で、大いに会場を沸かせた。過度の規制によりインターネットの自由を奪うとして中国が批判され、また、独占的企業がユーザーの自由を奪う例としてマイクロソフトやシスコシステムズといった企業も名指しで議論の的になった。

中国については、インターネットのサイトや内容が規制されたり、フィルタリング(閲覧制限)されたりする例が指摘された。また、プロバイダーの持つ情報が提出されたことでジャーナリストが逮捕された例も紹介された。これはヤフーの例だったが、グーグルの例として紹介されたため、現在グーグル幹部であるサーフ博士が弁解する場面もあった。

中国批判が続く中で、聴衆席にいた中国政府代表の一人が反論し、「中国だけ批判するのはおかしい。中国には多くの旅行者も来ており、彼等を保護するためにも一定の制限は必要」と述べた上で、「中国では問題となるような規制は無い」と断言したところ、後方から「嘘つき」というヤジが飛ぶ一幕も。

マイクロソフトについては、製品がオープンでなく、広い活用の制限となっている、という批判の声があがったが、これに対してパネリストとして参加していたマイクロソフトの代表は「マイクロソフトがいかにオープンな会社かは、(今回並行して行われる)3つのワークショップで具体的に述べるので、ここでは詳しく述べない」とだけ答えた。

シスコについては、聴衆の一人から、中国の警察当局にも大量にシスコの製品を販売することは、(規制を誘引することになり)問題ではないかとの指摘があった。

過度の著作権保護が、インターネット利用の自由度を奪っていることも指摘された。日本の市民グループの代表として参加した伊藤穣一氏は、DRM(デジタル著作権管理)や著作権法により、「コンテンツのコントロールがますます可能になりつつある」と述べ、著作権制度の根本的な見直しが必要だと主張した。
(後編へ続く)

<筆者紹介>加藤 幹之(かとう・まさのぶ)富士通 経営執行役 法務・知的財産権本部長兼安全保障輸出管理本部長
1977年3月東京大学法学部卒業。同年4月富士通に入社し、海外関係の法務案件に従事。84年6月ミシガン大学ロースクール留学(法学修士)。87年7月サンフランシスコ駐在(法律事務所にて紛争処理担当)。89年8月同社ワシントンD.C.事務所開設に伴い、ワシントンD.C.に駐在。02年6月、15年ぶりに帰国し、04年6月より現職。 富士通の法務、知的財産権、輸出管理等の問題を広く担当。ワシントン時代から継続して、インターネットや電子商取引、知的財産権、独禁法、科学技術政策等の制度議論に参加し、国際的に活動中。Internet Law & Policy Forum (ILPF)名誉会長や、Global Information Infrastructure Commission (GIIC)電子商取引委員長、Internet Corporation for Assigned Names and Numbers (ICANN)のアジア太平洋豪州地域代表理事等を歴任した。米国(ニューヨーク州、ワシントンD.C.)で弁護士資格を持ち、専門分野での論文や講演も多数。

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