【ネット時評 : 加藤幹之(富士通研究所)】
ネットの民主主義――インターネットガバナンスフォーラム報告(後)

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前編に引き続き、ギリシャのアテネで10月30日から4日間開催された国連主催のインターネットガバナンスフォーラム(IGF)についてお伝えする。

メインセッション2日目 セキュリティーの議論

会議2日目の午後は、セキュリティーについて議論した。インターネットの普及と重要性の高まりにより、セキュリティーの問題がより複雑になってきたという共通認識が確認された。その対策については、特に技術的側面を見ると、政府によるトップダウンのモデルよりも、利用者主体のボトムアップのモデルの方がより効果的だという意見があった。

世界レベルでベスト・プラクティスの情報交換を行うことが必要という点でも合意を得た。しかし、国ごとに法的枠組みが違うことから、サイバー犯罪への対応などについて調整の難しい面も指摘された。

オープンスタンダード(特定のベンダーに依存せず、無償で公開されている標準規格)の役割についての議論もあった。独占的な技術が市場原理により利用される場合と比べ、オープンスタンダードならセキュリティーを高められるのかどうか、という論点が提示されたが、これは結論が出なかった。

メインセッション3日目 「多様性」の議論

3日目の午前は、NHKの今井義典解説委員長がモデレーターを務め、インターネットにおける「多様性」の問題を取り上げた。多様性の問題とは、インターネットで使われる言語を英語中心から多くの言語に広げること、多くの言語や文化を反映するためのローカルコンテンツを拡充すること、インターネットのドメイン名を多言語化することなどを含むものである。

言語の多様性の問題は、単にインターネットで何語を使うか、という問題ではない。少数民族における支配的言語の識別能力の問題や、障害を持つ人々の視聴覚コミュニケーションの問題など、さらに広い議論に拡大する必要があることが指摘された。

ローカルコンテンツについても、ローカル発のコンテンツの保持・発信の問題と、国際的コンテンツのローカル言語への翻訳の問題の両方が取り上げられた。書き言葉で記録されていない文化をネット上で保護する可能性についても議論された。

国際化ドメイン名については、現在検証が行われている技術的側面の解説が行われ、ユニコード(羅言語の文字を、単一のコード体系で整理したもの)の説明や、言語コミュニティーの参加の必要性が扱われた。

メインセッション3日目 アクセスの議論

3日目午後は「アクセス」について議論した。途上国にとって、インターネットの利便性を活用するためにはアクセスが非常に大きな問題であることが指摘された。特に、市場原理を取り入れること、その障壁を取り除くことが議論の中心となった。

途上国にとってアクセスの問題は、通信部門の問題に加え、独立性、透明性、独占の排除、新しい参加者へのライセンスなど、広い問題を同時に解決する必要があることが認識された。また、逆オークションを通じたユニバーサルアクセス体制の確立なども議論された。

また、地域の特性に応じ、地域資本を活用した市場構造を確立する必要性も認識された。例えば、ケニアやセネガルで地域のIXP(Internet exchange point、インターネット接続事業者同士を接続する中継点)やルーティングが、インターネットのアクセスや信頼性を高めた例が紹介された。

国際接続料金の問題も議論された。南北アメリカ大陸での通信料金は、ロンドンとニューヨーク間の料金に比べ60倍も高いことが指摘された。

最終日は、それまでの議論のまとめや事務局報告、ワークショップの主催者達の簡単な報告などが行われた。また、学生を中心とした若い世代の討論会も行われた。続いて次回の主催国ブラジルの紹介があり、最後に関係者のあいさつで締めくくった。

多くのワークショップと国際化ドメイン名

今回のアテネ会議の大きな特色のひとつが、メインセッションと並行して行われたワークショップであった。同時に3つのワークショップが合計で36行われ、聴衆は興味あるものに自由に参加できた。

ワークショップには、市民団体が主催する「表現の自由」や「プライバシー」に関するもの、UNESCO(国際連合教育科学文化機関)や言語団体が行った言語の多様性の問題を話しあうもの、世界放送連合(WBU)が主催したコンテンツ創造に関するもの、ブラジル政府や技術者グループが主催したドメインネームシステムの技術論など、それぞれ趣向を凝らしたテーマが多く、またそれぞれの権威が対話形式で語りかけ、議論するものが多かった。

筆者も、「世界情報基盤委員会(GIIC)」の代表として、「世界情報サービス産業機構(WITSA)」と共同して「情報通信の政策にマルチステークホルダー(あらゆる利害関係者)がどう参加していくか」というワークショップを主催した。エジプト、ウガンダ、ケニア、バングラデッシュ、レバノンとアラブ首長国連合の代表を迎え、政策決定への協力に合意した。

今回のIGFで、筆者にとって最も感銘を受けたことのひとつが「国際化ドメイン名」の問題だった。

現在、すでに「富士通.com」や「富士通.jp」といった日本語ドメイン名の登録は可能だ。しかし、「富士通.会社」や「富士通.日本」というようなドメイン名は使えない。ドメイン名の一番右側に来るドメインをトップレベルドメイン(TLD)と言うが、TLDには英語(正確には、ASCIIと言って、英語のアルファベットと少数の記号)以外はまだ使えない。今回のアテネ会議では、TLDを多言語で使えるようにすべきだと、多くの人々が訴えた。

実は、筆者が2000年にICANN(The Internet Corporation for Assigned Names and Numbers)の理事となって最初に努力したのがこの国際化ドメイン名の問題だった。当時、ドメイン名を中国語やアラビア語で作りたいというのは、中国や台湾、韓国、日本、一部のアラビア諸国の関係者にしか理解できないことだった。ICANNの理事も英語に堪能な人々が中心であり、ICANNの中で「国際化ドメイン名委員会」を作るよう説得するのも大変だった記憶がある。結局、自分で委員長を引き受けることとなり、3年近くかけてやっと「富士通.com」まで持ち込んだのだった。今回、EUのレディング委員を始め、ほとんどの人々が国際化ドメイン名の必要性を訴えたのには、隔世の感があった。

TLDの多言語化には、技術的課題と、制度的、あるいは文化的課題がある。前者は、ASCII文字以外のものを世界中の皆が共通に使用できるのか、今のインターネットを破壊することにならないか、ということである。現在、国際化ドメイン名ではASCII文字以外のものを「ピュニコード」と呼ぶアルゴリズムでASCII文字に変換する方式を採っているが、これをTLDに使ってもインターネットのインフラ上問題が起こらないかの検証が必要である。IETF(Internet Engineering Task Force)がこの問題を取り扱い、近いうちに結論を出す予定である。

後者の文化的課題は、少しやっかいだ。どの言語で、どのようにTLDを表すかは、極めて政治的、感情的な問題を引き起こす。すでに現在の国際化ドメイン名でも、例えばキリル文字を英語のアルファベットと混在して用いることの問題が発生しており、国毎の登録業者の間での調整が必要となっている。2000年当時から、筆者もこれらの問題に直面し、文化的問題については、できるだけ外部の専門家の参加を促すことを考えた。現在、UNESCOやユニコードコンソーシアムの専門家が議論を進めているのは好ましいことである。

IGFアテネ会議の成果とIGFの今後

今回のインターネットガバナンスフォーラムで、最大の成果はIGF自体が今後の情報社会を議論するひとつの市民権を勝ち得たことだろう。 

昨年のチュニス会議で、「5年間をめどとして会議をしよう」と決めた時、IGFの成功を確信した人はそれ程多くなかったのではないか。しかし次回のIGFは、来年11月12日から4日間、ブラジルのリオデジャネイロで開催されることが確定し、さらにその翌年以降の会場として、インド、エジプトが名乗りを上げている。チュニス会議から5年後にあたる2010年の会場には、リトアニアとアゼルバイジャンの両国が開催の意思を表明、開催誘致の競争が始まった。今回の会議に参加した各国が、IGFの議論に強い興味を持った証拠だと言える。

WSIS(世界情報社会サミット)をめぐる動きの中で、米国政府はどのような形であれ、国連の場でインターネットの議論を行うことには消極的な姿勢を示してきた。しかし、今回のアテネ会議で「IGFは米国批判の場ではない(かもしれない)」ことを、米国代表は少なからず感じたのではないだろうか。

これは筆者の全くの推測であるが、11月始めの米国中間選挙の結果も、今後の米国のインターネットの制度問題に関する態度を変えていくきっかけになるように思う。米国ではクリントン政権時代に、「インターネットの伝道師」と言われるような人々が、世界の制度議論をリードした。しかし、共和党政権になり、間もなく9月11日の同時多発テロが起きると、国土安全保障が多くの議論の中心となり、市場原理を中心としたインターネットの制度議論はどこかに消えてしまった感がある。この間、当初の制度議論をリードした人々は、シンクタンクなどで地道な研究を続けていたが、今後復活する可能性が出てきたように思う。

実はICANN自体も、こうした米国の議論から生まれたものである。米国がインターネットの制度問題への興味を高めれば、IGFにも目を向けることは当然予想される。

IGF期間中に何度か聞かれた言葉に、「ネットの『権利章典(Bill of right)』」があった。イタリア政府は、このテーマでワークショップも主催した。そこに込められた思いは、過度の規制や著作権で縛られない自由を確保したい、途上国の発展に活用したい、とさまざまであり、まだまだ確立した概念とは言えないかもしれない。

「ネットの民主主義」へ、新しい一歩

しかし、インターネット時代の最大のクリエイターは一般のユーザであること、ユーザー参加を無視したインターネットはありえないことを考えると、「ネットの権利章典」こそ、われわれが次の時代に残しておくべきものかもしれない。企業にとっても、ユーザと同じ視線で、ひとりのユーザーとしてインターネットを見直して行く必要があるだろう。

民主主義発祥の地アテネで、インターネットは新しい一歩を踏み出した気がする。政府や企業、市民社会を含むすべての参加者が合意できる「ネットの民主主義」が、IGFのひとつの重要な目標であることは間違いない。

<筆者紹介>加藤 幹之(かとう・まさのぶ)富士通 経営執行役 法務・知的財産権本部長兼安全保障輸出管理本部長
1977年3月東京大学法学部卒業。同年4月富士通に入社し、海外関係の法務案件に従事。84年6月ミシガン大学ロースクール留学(法学修士)。87年7月サンフランシスコ駐在(法律事務所にて紛争処理担当)。89年8月同社ワシントンD.C.事務所開設に伴い、ワシントンD.C.に駐在。02年6月、15年ぶりに帰国し、04年6月より現職。 富士通の法務、知的財産権、輸出管理等の問題を広く担当。ワシントン時代から継続して、インターネットや電子商取引、知的財産権、独禁法、科学技術政策等の制度議論に参加し、国際的に活動中。Internet Law & Policy Forum (ILPF)名誉会長や、Global Information Infrastructure Commission (GIIC)電子商取引委員長、Internet Corporation for Assigned Names and Numbers (ICANN)のアジア太平洋豪州地域代表理事等を歴任した。米国(ニューヨーク州、ワシントンD.C.)で弁護士資格を持ち、専門分野での論文や講演も多数。

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