【ネット時評 : 谷脇康彦(総務省)】
次世代競争モデルの構築に向けて――総論から各論へ

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グーグルによるユーチューブ買収、マイスペースの日本上陸などウェブ2.0系の活発な動きが続いている。そうした中、ブロードバンド化・IP化時代のビジネスモデルの姿が、少しずつではあるが見え始めてきた。「技術として何ができるのか」という第一段階から、「その技術をいつビジネスとして市場で展開するか」という第二段階にシフトし始めている。こうした市場環境のめまぐるしい変化を受け、行政においても、次世代競争モデルの構築に向け、総論から各論へのシフトが急がれている。

ブロードバンド政策議論の根底にあるもの

2006年は、いわば「通信・放送改革元年」と位置づけられる1年だった。昨年8月、総務省は「通信・放送改革に関する工程プログラム」を公表。通信・放送全般にわたる改革措置を発表した。そして、これに続く9月、ブロードバンド化・IP化に対応した新しい通信競争モデルを構築するための政策パッケージとして、「新競争促進プログラム2010」を取りまとめた。これを受け、競争体制のリモデリングに向けた議論を行う検討の場が続々と立ち上がっている。

こうした議論を進める上で無視できないのは2つの陣営――通信キャリアなどが中心になって垂直統合型サービスを組み上げる堅牢強固なビジネスモデルと、これに対抗して、緩やかな連携の中で急速に台頭してきたインターネット系のビジネスモデル――の相克だ。

こうした「堅牢強固型」と「自律・分散・協調型」という相異なる哲学のビジネスモデルが競い合う姿が、まさに現時点でのブロードバンド市場の姿だろう。
 
具体的課題の検討に入るネット中立性議論
 
昨年11月に検討が開始された「ネットワークの中立性に関する懇談会」は、こうした相克を念頭に置きつつ、これからのネットワークのあり方を幅広い観点から議論する場となっている。

動画配信の普及を一つの契機として始まったネットワークの中立性を巡る議論だが、実際には、かなり違う議論が出てきそうだ。

一例を挙げよう。ある大手プロバイダーのトラフィックデータによると、時間帯によっては下り帯域全体の9割近くが占有される時間帯があるようだ。その内訳を見ると、P2Pトラフィックが占める割合が大きく、ストリーミング配信の占める割合は小さい。上り帯域だとP2Pの帯域占有率は下り帯域の場合よりもさらに高くなる。

ここから言えるのは、FTTH(家庭向け光ファイバー通信)化の進展は上り帯域の劇的な拡大をもたらし、これがP2P型映像配信の普及と相まってネット混雑を生んでいる可能性がある、という事だ。他方、そもそもP2Pは、従来のクライアントサーバー型モデルでは実現し得ない効率的なコンテンツ配信を可能にする面もある。

P2Pの利点を生かしつつ、負の部分をどう抑制してくことができるのか――。現在、懇談会でさまざまな議論が展開されている。

また、ネット混雑を解消するためには、ネット設備の増強が必要になる。しかし、IP網は多数の関係者が関与してネットワークが構成されているため、ネット混雑の原因を特定することが難しい面がある。このように、ネットワークインフラのコスト負担の適正をどう確保していくかという議論は、ネットワークインフラの維持をどう図っていくかという、かなり根本的なものだと言える。

別の議論もある。通信キャリアの構築するIP網が持つ「堅牢強固型」という特性は高品質の確保が可能だが、柔軟性に欠ける。それに比べ、アプリケーションや端末に管理機能を委ねる「自律・分散・協調型」のサービスは、品質こそ劣る可能性があるものの、柔軟性に対する支持や強い需要があるだろう。

つまり、ネットワークインフラを持つ通信キャリアは、利用者ニーズに応じて、「堅牢強固型」でも「自律・分散・協調型」でも、利用者の求めに応じて対応可能なネットワークを提供することが求められる。いわば、利用者による「ネットワーク選択の自由」だ。

これを確保するためには、レイヤー化する多層的な垂直統合型ビジネスモデルの登場などを背景に、現在のドミナント(支配的事業者)規制の枠組みなどを見直し、レイヤー間のインタフェースのオープン化を確保していくことが必要だ。

本懇談会は関係者からのヒアリングをベースに検討を続けている。春先から論点の整理に入り、今秋には第一弾の報告書をまとめることを予定している。

次のステージに進むモバイルビジネス市場

同じことは、モバイルビジネスの世界についても言える。日本のケータイ市場は、加入数約9千5百万。高速データ通信が可能な第三世代携帯電話の普及率は約6割。豊富なアプリケーション、音楽配信、決済機能など、サービスの多様性は世界的に見ても群を抜く。まさに携帯電話が“everything in the pocket”を実装するスグレモノになっている。

しかし、日本のケータイ市場はこれまでの右肩上がりの「市場の拡大期」から、とりあえず携帯端末が1人に1台行き渡り、大幅な新規加入増を見込みにくい「市場の成熟期」へと向かっている。そうした中、固定通信と移動通信が統合するFMCが進展し、情報家電の登場などユビキタス化が本格的に進展していこうとしている。

ユビキタス社会は、基本的に「自律・分散・協調型」のインターネットと親和性がある。とすると、ユビキタスネットの中核にある現在のモバイルビジネスについて、これまでの「堅牢強固型」の垂直統合型ビジネスモデルを維持するだけで十分と言えるだろうか。むしろ、従来とは異なるオープン型のモバイルビジネス環境を積極的に生み出し、新しいビジネスチャンスを創出していくことが必要ではないだろうか。

1月から始まった「モバイルビジネス研究会」は、こうした問題意識を基本として持っている。本研究会では、MVNO(仮想移動体通信事業者)の新規参入の促進をどう図るか、認証・課金機能の連携強化をどう実現するか、従来の端末販売方策(販売奨励金制度やSIMロック)以外の道はないのかといった点について議論を進めていくこととしている。

本格化する通信・放送の融合・連携の議論

ユーチューブの爆発的な普及。そして、これを支えるインターネット技術と端末の高度化。その先には通信と放送の融合・連携をどう図るのかという課題が具体的に見えてきた。総務省では、すでに昨年8月から「通信・放送の総合的な法体系に関する研究会」を設置し、関係者による精力的な議論が進められている。

これまでも通信・放送の融合・連携については、総務省でも何度か検討の場が設けられ議論が行なわれてきたが、包括的な見直しの方向性がまとめられたことはない。

しかし、いまや映像ネット配信ビジネスの隆盛、IPマルチキャスト放送の展開、放送デジタル化の加速化など、恐るべきスピードで市場統合が進んでいることを考えれば、通信・放送の融合・連携を前提にした法制度の見直しは急務だ。法制度の見直しには、コンテンツ流通のあり方や通信の秘密・表現の自由などの微妙な問題とも絡み、慎重な議論が求められるのも事実だが、市場のスピード感は待ったなしの状況だ。

本研究会は、今年中にも報告書をまとめる。その後、情報通信審議会での審議などを経て、2010年までには具体的な結論を得て、法制度の整備を行うこととしている。

基本的に求められるのは「技術的にできることを実際に事業展開する自由を確保し、これを制度や規制が不必要に止めないシステムを作る」という視点だろう。

リーティングインダストリーとしてのICT産業の浮揚に向けて

こうした一連の競争モデルの見直しに向けた議論は、ICT産業を日本のリーディングインダストリーの一つとして位置づけ、グローバル化の中で日本の経済的ポジションを国際競争力の向上によって確保していくために必要不可欠な議論だ。

ICT産業の経済成長寄与度は経済全体の約4割を占めており、期待も高い。健全な国内の通信・放送市場で競争を通じて鍛えられた関係者が、その成果を基にグローバル展開を図り、日本の国際競争力向上を実現していく――。そのようなシナリオが描けるかどうか。今年は、日本のICT産業の飛躍に向けての重要な試金石となるだろう。
 
 (文中、意見にわたる部分は筆者の個人的見解です。)

<筆者紹介>谷脇 康彦(たにわき やすひこ)
総務省 総合通信基盤局料金サービス課長
1984年郵政省(現総務省)に入る。OECD事務局ICCP(情報・コンピュータ・通信政策)課勤務等の後、郵政省電気通信事業部事業政策課補佐、郵政大臣秘書官、電気通信事業部調査官、在米日本大使館参事官等を歴任。2005年8月より現職。主として通信放送分野の競争政策に携わってきている。著書に「融合するネットワーク――インターネット大国アメリカは蘇るか」(かんき出版、05年9月刊)。

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