【ネット時評 : 神成 淳司(慶應義塾大学)】
地域の既存産業活性化を目指して――岐阜県における新たな産学官提携のねらい

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 2007年2月、岐阜県、IAMAS(国際情報科学芸術アカデミー・情報科学芸術大学院大学)、マイクロソフトの三者は、地元製造業の更なる活性化を目指して提携した。国内の基幹産業でありながらIT化の遅れが懸念される製造業分野を対象とした今回の提携は、これからの日本の製造業分野の発展の起爆剤となることが期待される。

 
遅れる中小製造業のIT化

 日本の製造業の99%を占めるという中小規模の製造業各社のIT化の遅れが指摘されて久しい。岐阜県においても中小規模の製造業は県内産業の主軸となる存在であり、この分野の成長が今後の地域経済の発展には不可欠である。しかし、ここ数年は回復しつつあるものの、多くの中小製造業各社の業績は依然として厳しい状況が続いている。また、いよいよ2007年問題を迎え、独自技術の伝承や維持を考えなければならず、正直に言ってIT投資には手が回らない企業が多数を占めているのが実情であろう。実際に、私自身が岐阜県内の製造業各社を訪問しても、アジア諸国と比較して十分なIT投資を進めているところは一握りに過ぎないのが実情である。また、その一握りの企業の中で、的確なIT投資をしていると言えるものはさらに限られている。

 現状では、「的確なIT投資」を行いたいとは考えていても、具体的な方策がわからない経営者の方が多いのではないだろうか。 私が経営者の方に質問するのは、「自社の製造技術を活かすためのIT投資になっていますか?」ということである。単にパソコンを導入するのではなく、社内にどのようなIT投資が必要とされているかを見極めてからソフトウエアを導入するべきなのだ。導入するソフトウエアは市販のものが使える場合もあるだろう。しかしそうしたソフトウエアは、一般的な製造技術を持つ企業を対象としているため、その会社が同業他社と異なる独自技術を持っている場合には、その独自技術の価値を引き出せないことが多い。このような場合、その独自技術の価値を引き出すためには、 ITエンジニアが、その独自技術の知識を充分に持ち、ソフトウエアを設計・構築することが必要とされる。

 しかし、現実問題として、多くの中小企業が抱える人材に、充分な知識を保持したITエンジニアが存在することは稀である。また、IT企業においても個々の製造技術に精通したITエンジニアは非常に限られている。結果として、国や地方自治体が様々な支援策を講じたとしても、的確なIT投資がほとんど進まないという状況が生じていたのである。

 岐阜県、IAMAS、マイクロソフトによる今回の取り組みは、この状況を打開するためのもので、まずは人材育成プログラムを提供し、その後に具体的な研究開発プログラムを展開するという枠組みを講じている。


社内人材育成と新規人材育成

 人材育成プログラムは、「製造業社内人材の育成」と「新規人材の育成」の二つで構成される。前者の「製造業社内人材の育成」は、すでに製造業各社の製造現場で活躍している人材(20代、30代の若手人材を中核とする)に対し、ITの専門知識を身につけてもらうことを目的としたものだ。履修者は、履修期間中も既存の業務を抱えている。そのため、ITエンジニアとして実際に開発を担当する人材を育成するのではなく、ITベンダーに対して的確に業務発注できる知識レベルの人材を育成することを目標としている。講義は1週間に1回。週末の午後5時以降に実施。約3カ月のカリキュラムである。この取り組みは2年前から座学形式で進めてきたが、地理的な制約から受講が困難なケースが発生していた。今回の提携により、マイクロソフト社の支援を受け、Eラーニングでの授業も開講する予定である。

 次に、 「新規人材の育成」は、地元出身のIAMAS在学生を対象とした、地元製造業への就職を意図した教育プログラムである。地方ではいまだに地元企業への就職希望が根強く存在する。学生時代からインターンシップ研修を通じて地元製造業各社を訪問し、製造技術に対する造詣を深めることで離職率が低い就職支援プログラムとなった。学生の中には在籍中から企業からアルバイト代をもらい、週末や長期休暇の際に研修に参加する者もいる。企業側にとり、一度の面接ではなく長期間の研修に基づき採用を決めることが出来るという点と、正社員になる前に研修を終えることで入社後すぐに即戦力として期待できるという点の2つのメリットがある。この「新規人材の育成」を終え就職する学生は、ITエンジニアとして活躍するための教育を受けている。大手ITベンダーにおいてソフトウエア開発を担当するだけの能力を持った学生が、地元製造業各社に入社するのだ。実際に卒業した学生は、製造業各社において、自社独自の技術を活かしたソフトウエアの設計開発を手掛け、成果が出始めている。


世界と連携して研究開発

 上記のような人材育成プログラムを経て展開されるのが、第二段階に位置づけている具体的な研究開発プログラムである。製造業各社で活躍する育成された若手ITエンジニア、マイクロソフト、IAMASの3者が連携し、個々の製造業者の技術を活かしたソフトウエアにとどまらず、世界トップクラスの製造技術と連携した独自ソフトウエアの開発を進めていく。すでに企業各社からは研究開発のテーマが寄せられており、この4月から具体的な取り組みを始める予定である。

 今回の提携に際しては、マイクロソフト側のメリットとは何かという問いをしばしば聞かれる。正確な回答ではないかもしれないが、私なりの答えは「中小製造業分野とは、今後のIT投資が最も期待されながら手つかずの分野だった。そこに率先して投資することは市場拡大の観点から考えただけで非常に魅力的な取り組みなのだろう」というものだ。


地域活性化の新たな方向性として期待

 ITエンジニアの大都市への一極集中や地方におけるIT市場の縮小が懸念される中、今回の取り組みは、「岐阜県出身の若手エンジニアが、地元の産業の中核をなす製造業各社に就職し、グローバル企業と連携することで世界に通用するソフトウエアの構築を目指す」という新しい地域活性化の方向性であり、将来的な進展が期待される。

<本件に関するリリースはこちら>

<筆者紹介>神成 淳司(しんじょう あつし)
IAMAS講師 / 京都大学非常勤講師
1996年慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了。2003年岐阜大学工学研究科博士課程修了。博士(工学)。96年よりIAMAS助手、2001年同講師、現在にいたる。この間、岐阜県情報技術顧問(2000年 - 2006年)等を兼務し、地方行政のIT化、地域活性化の促進に努める。専門はコンピュータサイエンス(産業応用)。農業、製造業から小売業まで、社会の様々な現場におけるITソリューション、システムの設計構築を手掛けている。

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