【ネット時評 : 加藤幹之(富士通研究所)】
TLD一般化は受け入れられるか?――特集IGF2008(4)

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 前回に引き続き、米国からネット参加した昨年12月のインターネットガバナンスフォーラム(IGF)について考えていきたい。特に、今回はTLD(トップレベルドメイン)問題について詳しく紹介する。
 


TLDの一般化と国際化ドメイン名

 インターネットのドメイン名とIPアドレスに関する国際組織であるICANNの現在最大の課題が、TLDの一般化の問題だ。

 ICANNは、昨年10月に、新gTLD(ジェネリック・トップレベルドメイン)登録の手続き案を公開、広く世界中から意見を求めている。.comや.netといったgTLDは現在21しかなく、これまでは希望があったものをICANNが審査し、限定的に導入してきた。TLDを一部のものに限定せず、より自由に競争できるように拡大することは、1989年にICANNが成立した時からの課題であった。一方、ドメイン名は世界中で一義的である必要があり、あまりに拡大すると技術的に安定性を欠く恐れがあること、TLDを増やすと企業や個人は新TLDについて自分の名前を登録しておかないと他の者に使われてしまう、と考える結果、多量の(不要な)ドメイン名登録を強いられることなど、TLD拡大には慎重な意見も強かった。特に後者では、いわゆるサイバー・スクワッティング(乗っ取り行為)が問題になる。有名な企業に似せて先にドメインを登録し、それを高額で売りつける、というような手口だ。こうした行為を取り締まる仕組みがないままTLDが新たに作られると、企業は自己防御のために新しいドメインすべてに登録しておかなくてはならなくなる。サイバー・スクワッティングを国際的に取り締まるための法整備や仕組みは常に問題となってきた。

 昨年10月にICANNが示した新gTLD登録手続き案は、これを180度変更するものであった。新gTLDを申請したい者は、一定の審査料(現在の案は18万5千ドル)を払って誰でも申請でき、財務状況や技術的能力等の審査を受け、ICANNと契約してgTLDを開始できるというものである。従って、一企業や個人であっても自分のTLDが作れ、しかも英語や数字以外の文字列で表記する国際化ドメイン名でも構わないとされている。

 もちろん、どんなTLDでも構わないということではなく、既存の商標権者や地域社会、その他の権利者の権利を尊重し、異議申し立ての手続きを提案している。3つの国際的な紛争処理機関に依頼し、「公序良俗に違反する」場合、商標等の法的権利に基づく場合、既存のTLDとの類似性に基づく場合のそれぞれについて紛争解決を行うこととしている。

 しかし、ICANNの提案は必ずしも全員の賛成を得ていない。特に、米国政府が正式に懸念を表明している点が注目される。米国商務省は、昨年12月18日付けでICANNに対し書簡(PDFファイルを送り、2006年10月にICANNのボードが決議した通り、TLDを拡大することの経済的分析を行い、その結果を踏まえて検討を進めるよう主張した。さらに書簡では、ドメイン名システムの安定性を技術的に担保できるか、競争政策の観点からの歯止めがあるか、ICANNが全ての契約に対応できるか、ICANNが知的財産権法を含め諸国の法律を遵守することが可能かなど、いくつもの検討すべき事項を列記している。また米国司法省の書簡を添付し、新TLDの創出が独禁法の問題を引き起こす懸念に触れ、消費者保護の観点からの分析と、新TLDの運用者が既存のTLDの運用者等と競争状態を保てる法的枠組みの検討などを提案している。

 これ以外にも、多くの個人、団体が意見を提出し懸念を表明している(ICANNに出された意見書)。例えば、欧米の民間企業と団体は、多くの具体的課題を述べた上で「現行のシステムに照らして見てみると、ICANNは新gTLDの登録申請手続きを十分管理する能力がないと思われる。多数のTLDをルート・システムに追加することは、インターネットのインフラに対して、望まれず、意図しない不安定性と危険をもたらす結果となる」と指摘している。

 今回のIGF会議でも、こうしたICANNでの動きを背景として、インターネットの国際的管理と各国のあり方が検討された。IGFでは、国別のTLD(ccTLD)はICANNとは別の権限で各国が管理すべきという議論が主流である。しかし新gTLD登録手続き案では、新しいgTLDは前述のように国際化ドメイン名でもいいとしている。そうなると当然、ccTLDにも影響が及ぶ。欧米では、ドメイン名の管理運用は、競争政策やビジネスの利害関係から真剣に議論されているが、今回のICANNの提案に対して、日本でも再度ドメイン名の管理運用の議論が行われることを期待したい。


IGFの今後

 IGFは、取りあえず5年間開催されることとなっていたが、今回のハイデラバード会議で3回目を終え、折り返し地点を過ぎた。今年はエジプトのシャルム・エル・シェイクで11月15から18日に開催される予定である。当初、11月14日からの開催予定だったが、広島で11月8日から13日まで開催されるIETF(Internet Engineering Task Force 、インターネット技術タスクフォース)総会への参加者に配慮し1日遅らせた経緯がある。

 ハイデラバードの会議の締めくくりとして、「評価と今後」に関するセッションが設けられた。議長を務めたニティン・デサイ国連事務総長特別顧問は、(1)今回の会議の評価、(2)次回の会議へのインプット、(3)IGFを5年目以降も継続すべきか、の3つの点について、観客席からの意見を求めた。

 ITUのトゥーレ事務総局長が現在のIGFを痛烈に批判したことは冒頭に述べたが、評価のセッションでの一般からの意見は、おおむね好意的であった。例えば、AT&Tのジェフ・ブルーグマン副社長は「ビジネス界の者は、はじめはIGFに恐る恐る参加した。だが今では、信頼し、話し合いにより深く入ることができるようになって来た。これはマルチステークホールダーの参加によって、より広い意見を聞き、ボトムアップの話し合いができて来た結果だ」と述べている。彼は、例えば今ならグローバル経済と言うように、IGFが世の中の流れに即した事項を議論していくべきだとも主張した。

 オーフス大学(デンマーク)のウォルフガング・クラインベフター教授は、個別事項について立場の違いを超えてボランティアで組織し行動する「ダイナミック・コアリション」の価値を大きく評価した上で、彼らが具体的に提案し、現実的な成果をもたらすであろうと指摘している。同氏が「IGFは、ボランティアの参加でいろいろなことが可能となる」と締めくくった時、大きな拍手が起こった。

 今回初参加したというイギリス議会のアンドリュー・ミラー議員は「IGFの利点は、普段は(外界と閉ざされているという意味で)それぞれの『サイロ』で活動している人々をひとつにしている点だ。それは途方も無く(incredibly)価値がある」と賞賛した。

 EUの代表やスイス政府代表など、公式にIGF活動を評価し、強く支援することを表明する意見も続いた。スイス代表は、IGFは(決議機関ではなく)議論の場であり続けるべきだが、より広い人々を巻き込んで具体的な提案や行動に結びつけるべきだと指摘した。

 一方で、ダイナミック・コアリションやワークショップが多すぎて、議論が発散しすぎることを批判する意見もあった。次回以降、これらをどうやって収束し、具体的な提案や活動に結び付けて行くかが課題である。

 開始から5年が経過した後もIGFを継続するべきかについては、突っ込んだ議論はなかった。もし何らかの形でIGFを継続するのなら、2010年の12月までに、総会での決議が必要となる。国連の手続きでは、総会の前にいくつかの委員会の決議が必要となるため、IGF事務局は遅くとも2010年の始めごろまでに報告書をまとめる必要がある。つまり今年1年間かかって、報告書の準備をする必要があるということだ。

 次のIGF会合の準備のための公聴会と、IGF諮問委員会の会合が2月に予定されているが、「今後どうするか」が重要な議題となると思う。(1)議論は十分したので、(議論の場である)IGFは継続不要という意見や、(2)IGFを存続して、議論や啓蒙を継続することには意味があるという意見、(3)IGFをもっと具体的な決議機関として改変、継続しようという意見などが出ることが予想される。IGFに決議機関としての権限を持たせると言う場合は、5年前チュニスで行われた、インターネットガバナンスについて、国際的な政府機関を作るべきか否かと言う議論が蒸し返される可能性もある。せっかく多くのボランティアによるマルチステークホールダーの参加の場が作られたのに、政治的な議論に押しつぶされることがないよう期待したい。


<筆者紹介>加藤 幹之(かとう・まさのぶ)富士通 経営執行役
1977年3月東京大学法学部卒業。同年4月富士通に入社し、海外関係の法務案件に従事。84年6月ミシガン大学ロースクール留学(法学修士)。87年7月サンフランシスコ駐在(法律事務所にて紛争処理担当)。89年8月同社ワシントンD.C.事務所開設に伴い、ワシントンD.C.に駐在。02年6月、15年ぶりに帰国し、法務、知財部門を担当。08年9月からシリコンバレー駐在。ワシントン時代から継続して、インターネットや電子商取引、知的財産権、独禁法、科学技術政策等の制度議論に参加し、国際的に活動中。Internet Law & Policy Forum (ILPF)名誉会長や、Global Information Infrastructure Commission (GIIC)電子商取引委員長、Internet Corporation for Assigned Names and Numbers (ICANN)のアジア太平洋豪州地域代表理事等を歴任した。米国(ニューヨーク州、ワシントンD.C.)で弁護士資格を持ち、専門分野での論文や講演も多数。


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