【ネット時評 : 会津 泉(ハイパーネットワーク社会研究所)】
迫るv4アドレス在庫の枯渇、難航するv6との共存――拡大するインターネット空間(中)

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 インターネットが作り出す「空間」が、いま大きく拡大しようとしている。インターネット上の住所・番地を構成するドメイン名とIPアドレスの仕組みが広がろうとしているからだ。ただし、その行程は必ずしもバラ色ではない。
 

 前回は、「.日本」などドメイン名の拡大の可能性と課題を取り上げたが、今回はIPアドレスをめぐる課題について考えたい。(文中に述べた意見は筆者の個人的見解です)


「枯渇」するIPv4アドレス

 現在使われているIPアドレスの基本的な形態「IPv4」は全体で43億個ほどあり、需要に応じて割り当てられてきた。しかし、インターネットが爆発的に普及した結果、おそらく2011年から13年にかけてすべての在庫がなくなり、ユーザーは新規のアドレスを受け取ることができなくなると予測されている。いわゆるIPv4アドレスの「枯渇」問題である。

 次のバージョンとして「IPv6」が用意され、こちらは全体で約340「澗」(340兆の1兆倍の1兆倍)個と、天文学的な数があり、いまの人類の子孫の代まで不足しないといわれる。みんながIPv6を使うようになれば、アドレス空間は一挙に拡大し、インターネットはますます発展する。そのはずだった。しかし、現実はそう簡単ではない。

 IPv4からIPv6にスムーズに「移行」できれば、何も問題はない。ただし、そのためには一般利用者が知らないうちに、インターネットを支えているルーターやサーバー、その上で走る各種のプロトコルやアプリケーション、利用者側のパソコンの基本ソフト(OS)や各種のアプリケーション・ソフトなどが、すべてIPv6対応のものになる必要がある。

 もっとも、枯渇するのはv4アドレスの「在庫」であって、現在使用中のv4アドレスが使えなくなるわけではない。つまり、インターネット上で新規サービスを始めようとして、そのためのアドレスを申請すると、「v4アドレスの在庫はなくなりました。必要ならIPv6をお使いください」となる。ネットの新たな発展が妨げられることになるのだ。

 v4とv6のアドレス体系に互換性があれば、問題はまだ軽かった。しかし、v4とv6の間には通信の基本部分の互換性がなく、IPv4で構成されているネットワークと、IPv6で構成されているネットワークとの間は、そのままでは通信できない。大雑把に言えば、別種のネットワークが2つ併存することになる。従って、v4からv6の、あるいはv6からv4のネットワークにつなぐときには、なんらかの工夫が必要となる。「デュアル」、「トンネリング」、「プロトコル変換(翻訳)」などの技術が用意されている。ただし、これらをネットワークやユーザー側の設備に準備するためには、かなりの時間と費用がかかる。


インフラの「架け替え」は難しい

 v4アドレス在庫の枯渇時期が確定できれば、準備も進めやすい。しかし、国や地域によって消費のペースは異なり、景気の動向や新規事業の展開、その他の様々な要因に左右されるため、正確な時期を予測することはかなり難しい。

 かつては、インターネットはIPv4からIPv6に短期間に移行するものと想定され、移行期間中のv4とv6の並存・共存についてはあまり語られなかった。v4アドレスの在庫が本格的になくなる前に、インターネット全体を早くv6ベースに切り替えてしまえば問題はないというのが、世界のインターネットの技術コミュニティーの主流の考えだった。

 しかし、ここまで大規模に普及して社会インフラとなったインターネットを、その利用を停止しないで一気に取り替えることは、現実問題としては不可能だ。列車を走らせながら橋を架け替え、線路を取り替えるようなものだからだ。

 テレビの地上デジタル方式のほうがまだ簡単だ。地デジの導入はアナログ停波に先行して進み、数年の並存期間の間に漸次切り替えられ、最終的には2011年7月のアナログ放送終了が既定方針となっている。それでもかなりの数の取り残しは不可避と見られる。これはいわば国家による強制移行の例だが、放送局への免許権限が強く、設備の交換もインターネットに比べれば、費用はともかく、方法は比較的単純だ。また、新型テレビが売れる家電メーカーという大きな受益者がいる。送受信のアンテナ設備から受信アダプターまで、巨額の対策費が国費で支出されている。

 インターネットの場合、政府の規制は働かない。「民主導」のインターネットの発展に、国費の出動は期待できない。全世界的に「Xデー」を定め、その日をもってv4アドレスの新規の発行を停止することも提案されたが、国や地域の状況が異なることから合意されなかった。

 そこで、一気に「移行」するのではなく、両者を共存させながら時間をかけてv6に順次移行していく「IPv6対応」が次善のシナリオとなる。ハードとソフトをあわせて、3年や5年での移行というのは非現実的で、おそらく10年、20年という単位が必要となると目される。

 現実的な対応は、「デュアル(二重化)」つまり、v4もv6もどちらも同様に対応できるようにすることだ。しかし、それは設備やソフトの更新が必要となり、運用コストが最大で2倍かかることを意味する。早期に導入すると、コストはかかるが、それに伴うリターンは期待できない。既存のv4側で需要はカバーでき、v6への新規需要は当面の間、量的には微々たるものなので、通常の投資インセンティブは働かず、どうしても「様子見」となる。


日本の努力は「狼少年」だったのか

 日本のインターネット・コミュニティーは、世界の先頭を切ってIPv6の研究開発をリードし、移行への努力を続けてきた。v4アドレスの枯渇とv6への移行を訴えるキャンペーンは何度も実施され、政府も予算を措置し、積極的に支援してきた。その象徴が、2000年11月に当時の森喜朗首相が、国会の施政方針演説で「IPv6の推進」を取り上げたことだった。当時の官邸のホームページにはこの演説の全文が掲載され、「注」として、IPv4アドレスが不足している国がすでに登場しているとまで記されていた。

 このころ「ドットコム・ブーム」がアメリカを中心に大いに盛り上がっていた。2000年7月の九州・沖縄サミットでは「IT憲章」も採択された。ITが世界経済の主要な推進力として認知され、ネットビジネスが華やかなスポットライトを浴びている中で、森首相の発言はなされたのだ。IPv6の推進は日本企業のIT分野の国際競争力を高めると期待され、総務省などから数十億円という多額の研究開発予算が支出された。

 ところが、IPv6は当時期待されたペースでは普及しなかった。日本のISP(インターネット接続事業者)は数年前からv6での接続サービスを開始したが、実務的な利用はほとんどない。パソコンもサーバーもルーターも、基本OSなどのレベルでのv6への対応は相当進んだが、v6によるアプリケーションやサービスを通常の業務や生活シーンで使っている人はほとんどいない。

 なぜか。単純にいえば、v6を使う明確なメリットがないからだ。以前は、v4では不可能なことが、v6なら実現できるとされ、例としてセキュリティーの向上やモバイル通信の充実などがよく挙げられた。しかし、v4の利用技術の発展により、v6でできるようになるはずだったことの大半はv4でもできるようになった。

 サービス提供側がv6でしかできないものを出してくれば、話は変わる。たとえばグーグルやアマゾンが、魅力的な新サービスをv6専用で提供すれば、ユーザーもそれを使うことは間違いない。しかし、少なくとも今日まで、そうしたシナリオは実現していない。IT業界の中にさえ「v4アドレスは実際には不足しない」「売買すれば解決される」「v4延命技術で当分問題ない」といった「本音」が根強く、「v4枯渇」と「v6移行」をセットにして対策を推進しようとしても、「狼少年」だと受け取られてしまう面は否定できない。こうして枯渇時期が迫りつつあるのに、必要な対策を実施する機運が盛り上がらない状態になっている。


「何が起きるかよくわからない」

 米国では、政府のネットは調達規則により、今年6月までにすべてv6対応にすると決められていたが、実際には守られていない。日本でも2006年に決めた「IT新改革戦略」で、電子政府など政府省庁のシステムは原則として2008年度中に対応を図るとの目標が設定されたが、このほど発表された総務省の資料によれば、お膝もとの総務省が「検討を進めている」、金融庁も警察庁も農水省も国土交通省も防衛省も、いずれも「検討中」とか「検討を開始した」という状況で、導入が完了したところはどこもないようだ。

 こうした状況のまま枯渇の時期を迎えたとしたら、どのような問題が起きるのか。実は明確にはわかっていない。インターネット上の様々なソフトが、v4とv6がいわば「混在」する状況のなかで、どのように作動するかがわからないからだ。アプリケーションによってはまったく問題ないだろうし、v4でしか動かなくて、v6のネットワークとつなぐと途中で機能が停止するものもあるだろう。それら全てを個々に調査することは不可能に近い。

 現在、「IPv4アドレス枯渇対応タスクフォース」を事業者団体などが構成して、アクションプランの策定、広報の推進などを行っており、総務省もオブザーバーとして関与している。だがISPなど事業者の理解はある程度進んだものの、インターネット全体でみると、関係企業の動きはまだまだ鈍い。予算面でも、必要な「対策費」はほとんど用意されていない。


立ちはだかる「IPv6マルチプレフィックス問題」

 一方、枯渇対策の切り札として考えられるIPv6の導入が、「産みの苦しみ」ともいえるきわめて複雑な問題を引き起こしている。

 この一年半ほど、NTT東西とISPとの間で行われてきたある交渉が難航に難航を重ねてきた。これは、NTT東西が2008年3月に提供を開始したNGN(Next Generation Network、次世代ネットワーク)の利用者が、ISPが提供するIPv6によるインターネット接続サービスを利用すると、円滑に通信できなくなるという、いわゆる「IPv6マルチプレフィックス問題」の解決方法をめぐる交渉だった。

 これは、IPv6では、ユーザー側の端末に複数のIPv6アドレスを割り当てられる仕様になっていることに起因する。本来は利便性の向上を図った仕様だが、状況によっては通信に支障が出る可能性があるという。

 交渉が難航した根本要因は、上記の問題が発生することがわかっていながら、NTT持株会社がIPv6を使うNGNを「閉域網」を基本とすると決めたところにある、と主張する識者もいる。つまり、NGNの基本想定は、あくまで自社のネットワークの利用者同士の通信・接続の提供であって、その「外側」の、グローバルなインターネットに接続された他のネットワークとの接続は「オプション」でしかない、と。

 NGNが「閉域網」ということは、利用者の送信用のIPアドレスには基本的にNGN内部で割り当てたものを利用し、外部プロバイダーが振り出したアドレスの利用は想定されていない、ということになる。しかし、前述のようにIPv6では、利用者側が複数のアドレスを使い分ける「マルチプレフィックス」が基本仕様となっている。

 実は、この問題はなにもNGNに限って発生する問題ではなく、NTT東西がすでに数年前から提供している「Bフレッツ」のIPv6版と、NTTコミュニケーションズがISPとして提供しているOCNのIPv6サービスとの間でも、ほぼ同様の問題が起きていた。企業など、ユーザー側が複数のISPに接続する場合にも発生する可能性が高い。

 そこで、総務省は、NGNのサービス開始を急ぐNTT東西が出した認可申請に対して、2008年3月に情報通信審議会の答申を経てこれを認めるときに、異例ともいえる条件を出したのだった。それは「ISPと十分協議すること」。これを受けて、NTT東西とISPの代表としての日本インターネットプロバイダー協会(JAIPA)は、2008年4月から協議を開始した。しかし、当初の目標だった8月までにはまとまらず、12月に再設定したが合意できず、翌年2月になって事実上決裂となった。その後、総務省が「仕切り直し」を行い、担当課を変更し、審議会の「接続委員会」という場に持ち込んだ。双方の主張を有識者委員が裁定する形で、パブリックコメントの募集を経て、ようやく今年の7月に最終答申が出され、8月6日にNTT東西の接続約款の変更認可という形で一応の決着を見た。しかし、その認可にも前代未聞ともいうべき12もの条件が付いている。


政策合意に向けたプロセスの見直しを

 v4アドレスの残り在庫が2011年前後になくなるとの前提に立つと、IPv6によるサービスをその頃までに円滑に提供できる体制を用意する必要がある。そう判断した総務省の研究会では、最低1~2年の準備期間が必要と想定していた。利用者と現在のISP、ISPとアクセス事業者(NTT東西)との間で、混乱なくサービスが実現するためには、実際の準備を開始する前に、ISPとNTT東西との間で上記のマルチプレフィックス問題を解決する技術・運用の方式を決める必要があった。この交渉にはそうした時間的なプレッシャーもあった。

 NGNもIPv6も、実は未知数の固まりである。日本が世界に先駆けて提供開始に踏み切った分だけ、未知数を解くための社会的コストは高くなる。ましてや2つの未知数を相互接続するのだから、ことはより複雑だ。IPv6を世界に先駆けて導入しようとすると、たとえばガソリン自動車から電気自動車に一挙に切り替えるのと似たようなコストが発生するとまで指摘する識者もいる。開発費を別にしても、ネットワークの改造費から企業内設備のハード、ソフト、さらに家庭内の設備の更新まで入れると、ざっと数千億円単位の議論となる。

 そうした経済・社会的コストの発生が不可避であれば、少なくとも政策上の論議が十分に尽くされ、対立するステークホルダー同士の論争に、利用者を交えた検討を経て、全体としての合意を形成することが不可欠だ。拙速は禍根となる。そして総務省による政策検討プロセスも、審議会を中心とする従来方式では機能しなくなってきた。「仕切り直し」が発生したのも、ある意味ではやむを得ないのかもしれない。

 これまで、インターネットは民間の自由な創意に支えられ、政府の規制は最小限にすることで、急速に発達してきた。しかし、日本人の大半が利用するサービスへと発展し、社会的な依存度と影響力が極めて大きくなった今、インターネットの様々な機能やサービスを展開していくためには、ただ自由な市場に任せるだけではうまくいかなくなってきたと考えられる。

 長期的には、政策枠組み、法的枠組みについて、未来志向で知恵を集めて検討を加え、新たな枠組みを官民が合意して作っていくことが必要だろう。「高度情報通信ネットワーク社会形成基本法(IT基本法)」は、「高度情報通信ネットワーク社会の形成に当たっては、民間が主導的役割を担うことを原則とし、国及び地方公共団体は、公正な競争の促進、規制の見直し等高度情報通信ネットワーク社会の形成を阻害する要因の解消その他の民間の活力が十分に発揮されるための環境整備等を中心とした施策を行うものとする。」とうたっている。

 民間主導の原則は重要だが、公共性が重視されるインフラの基本政策にかかわる分野では、国、政府と、事業者側に加えて、利用者側のより直接的な関与が求められるべきだろう。それも、日本の中だけで閉じた議論を進めるのではなく、グローバルなインターネット、グローバルな情報社会にかかわる議論にも、より積極的な関与、調整連関活動が必要だ。ドメイン名やIPアドレスは、まさにグローバルな政策調整が基本となる。

 政権交代が実現した今こそ、党派を超えて、新たな情報社会への歩みを描き直す時期が来ている。2010年にNTTの「組織見直し」が予定されていたが、政権交代で見通しは不透明となった。しかし、NTTの組織論として一社のあり方をどう変えるかだけに議論を集中させるのではなく、インターネットやNGNの向こう側にどのような社会を描き、若い世代を含めて日本の活力、競争力、文化力などをより高めるための戦略の見直し、新たな合意の形成が必要ではないだろうか。それができてはじめて、IPv4とIPv6の本格的な共存も、NGNの本格展開も可能となり、インターネットが支える社会空間が伸び伸びと拡大していくことになるだろう。

 次回は、そうした議論をする際の基本的な枠組みとして押さえておくべき命題「ネットワーク中立性」について、マルチプレフィックス問題の交渉が難航した過程を検証しながら考えていきたい。

<筆者紹介>会津 泉(あいづ いずみ)
ハイパーネットワーク社会研究所副所長、多摩大学情報社会学研究所教授・主任研究員
1986年ネットワーキングデザイン研究所を設立、パソコン通信の普及を支援し、欧米、アジアのネットワーカーとの交流に取り組む。91年国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)に参加、インターネットの普及を推進。93年大分に設立されたハイパーネットワーク社会研究所に参加、地域ネットワークの新しい方向性を模索。97年マレーシアに移り、アジアネットワーク研究所を設立。アジアへのインターネット普及活動を推進。98年から2000年までアジア太平洋インターネット協会(APIA)事務局長を兼務、インターネットのドメインネーム問題などの政策課題、ICANN設立にかかわり、アジアの意見をグローバルに伝える活動に従事。2000年4月東京に戻り、同12月、G8デジタルオポチュニティ・タスクフォース(DOTフォース)の日本のNPO代表に選ばれ、その活動に参加。2002年-2005年、世界情報社会サミット(WSIS)に市民社会メンバーとして積極参加。利用者中心のネット社会のグローバルな発展をめざす。2003年-2008年、ICANN一般会員諮問委員会(ALAC)委員。2008年、衛星ブロードバンド普及推進協議会の設立に参加、事務局長に就任。電気通信審議会インターネット基盤委員会専門委員。インターネット協会評議員。 著書『パソコンネットワーク革命』(日本経済新聞社)、『進化するネットワーク』(NTT出版)、『アジアからのネット革命』(岩波書店)、『インターネットガバナンス』(NTT出版)、訳書『スカリ-』(早川書房)、『バーチャル・コミュニティ』(三田出版会)ほか多数。

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